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The Who - Who's Next [Artist V-Z]

学生時分、The Whoにとても入れ込んでいました。これが何を意味するかというと、洋楽を聴く友人は:
①Stones、Beatlesの王道系
②Zeppelin、Purple(含Rainbow)のハードロック系
③Pistols、Clashのパンク系
④Duran Duran、Whamなどの軟派系(すいません・・)
に大きく大別されていて、そのどこにも入れてもらえない、ということです。

「3大バンド」といくら言っても、
①からは「トミー?何それ?」という感じで、Who特有のやや常識はずれな感覚が理解されず、逆にWhite Album、Let It Bleedと切り返されるとぐうの音も出ない。
②からはPete Townshendはかっこよくないと言われ、確かに腕をぶんぶん振り回して、ぴょんぴょん飛び跳ねるさまは、あまり絵になっていない。
③に対しては、「SubstituteはWhoがオリジナルなんだぞ」、とえばったところで、Pistolsバージョンのほうがかっこいいと言われると、その時代の差はいかんとも埋めがたい。
④の人には、最初から話を聞いてもらえない(・・・)。
という感じで、肩身の狭い、悔しい思いを味わされたものです。挙句の果てには、「BeatlesとStonesが東西の横綱だとすると、Whoは立行司 木村庄之助だ。3人いないと結びの一番にならんだろう!」というわけのわからない論を展開して、場を濁すしかなくなる始末。

ところが冷静に考えてみると、どの指摘も的を得ているところがあって、確かにどこかはっきりしないところがある。そのバンド名がしゃれにならないくらい、あなた達って結局何者なの?(Who Are You?)というくらい、はっきりした特徴を持たない。もしかしてWhoって偉大なる中途半端バンドか、と今更ながら思ってしまいます(そこが良いのだ、という究極の開き直りもありですが)。

そんな隠れWhooligansにとって、このWho's Nextはまさにバイブル、救世主のような存在でした。とにかく何から何まで、できすぎなくらい完成度が高い。権威の象徴の石のモニュメントに向かって用を足した直後、という図のジャケットから、ロックの快感ツボの全てを突き、沸騰するほど熱く盛り上がるWon't Get Fooled Againまで、誰に対しても自信を持って、これがWhoだぞ、文句あるか、と言える内容。考えてみればBaba O'RileyやWon't...の、シンセサイザーの合成音をリズムトラックに使うアイデアなんて、90年代の手法の遠いさきがけではないですか。おまけにどれだけカバーされても、オリジナルのほうが断然よい。というか真似のできない孤高の域に達している、というべきか。とにかく、全ての虐げられた想いを帳消しにしてお釣りがくるぐらいに、誇りを持てる音楽だったのです。

ご存知のように、その後のWhoは決してかっこいい道のりを歩けずじまい。爺さんになっても「ジジイになる前に死んでやる(My Generation)」と歌わざるを得ないジレンマに陥り、本当にオリジナルメンバーが2人も死んでも、ラストアルバム、ラストライブを何回やっても、ずるずるとやり続けてしまい、挙句は児童ポルノ疑惑まで起してしまうという、目も当てられない状態。

それでも多くのファンはそれを受け入れます。Pete Townshendは何をしてもPete Townshendであって、Keith Moonは永遠にKeith Moonなのです。かつて受けた屈辱と、それを乗り越えるWho's Nextの力で、ここまでやってこられた人たちばかりです。多少のことでは動じない。かっこ悪くても気にならない。なぜなら今も昔も変わらず、ずっとWhoはアンチ・ヒロイズムのヒーローだったのだから。


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