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Arctic Monkeys - Whatever People Say I Am Thats What I'm Not [Artist A-C]

話題沸騰の新人バンド、話題沸騰のデビューアルバムです。これだけたくさんのバンドが出てきているのに、まだ話題がいるの?と思ってしまいますが、こういう騒がれ方をするときには、決まって何らかの待望論が背景にあります。では、今、求められているもの、今の音楽シーンに欠けているものは何なのでしょうか?

Arctic Monkeysをきいて、それは「断定する力」ではないかと思いました。確かに多くの有能なバンドが出てきたおかげで、音楽のバリエーションが広がりました。自分がいいと思う音楽を演奏する人がいて、その音楽をいいと思う聞き手がそこにつく。アーティストとファンが価値観を共有する小さなコミュニティの中に、みなが自分の居場所を見つけている。みなが満たされてもいいはずなのに、それでも何かが欠けている。そう思ってしまう原因は、安定感そのものの中にあるのではないでしょうか。コミュニティの中で全てが完結しているが故に、他者とのかかわりが薄れ、孤立してしまっている。となりのコミュニティに興味はないし、興味がなくても関係ない。でもこれってあまり面白くない。お気に入りバンドで一通り盛り上がったら、飽きてくる。飽きてきたらまた次のお気に入りを探す。何だか刺激がない。何かもっとデカイことでも起きないの?

Arctic Monkeysはいかにもふてぶてしい、挑発的な装いで登場してきました。彼らがどういう言動をしているのかは知りませんが、そのサウンドは明らかに「俺たちがベストだ。文句あるか」「聞きたくないヤツは聴くな」的なたたずまいを持っています。しかもその音作りは、化粧なしのスッピンというくらい荒削り。これは物議を醸すだろうなあと直感的に感じます。

「こいつらは最高だ」「こいつらまったくのカスだ」。賛否両論の熱い議論が今にも聞こえてきそうです。「でもこれってどこか懐かしくない?」。そこでふと気づく、「そうだ。こういう議論をしたかったんだ、僕たちは」。平和なコミュニティで安穏としていることの窮屈と停滞感。そのコミュニティを真っ向から無視して、世界の中心にドカンと居直ろうとするこの不遜な態度。シーンはまさにこれを待ち望んでいたのではないでしょうか。

これができるのはごくごく限られた人たち。何よりも信じがたいほど「断定する力」を持つ人たち。「俺たちはお前たちの思っているものでは断じてない」。何と言うみもふたもない断定的なタイトル。そしてこの無骨で迷いのない音。限られた音源だけで、これだけの騒ぎを起こせる力。硬直したシーンを揺り動かすことのできる力。その力を持つものを選ぶのはシーンであり、リスナー。Arctic Monkeysはその選ばれしものになろうとしているのかもしれません。

思えばStone RosesもOasisも「断定する力」を持ったバンドとしてシーンに選ばれてきました。I am the resurrection(私は復活=神の子だ)といいのけたRoses。自分たちをBeatlesと同格と宣言したOasis。その都度、大きな賛否両論が沸き起こりました。何だ60年代の焼き直しじゃないかといわれたRoses。確かにうまいけど何の進歩性もないじゃないかと揶揄されたOasis。しかしその熱い渦の中でシーンは大きく揺さぶられ、発展してきたのではないでしょうか。そしてこれはサイクルとして繰り返される。前進し、安定し、停滞する。そこでゆり戻しが起こり、再び前進が始まる。Arctic Monkeysが登場する2006年は、そのゆり戻しの年になるのかもしれません。さあ、皆さんは彼らにどんな議論を重ねますか?


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