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XTC - Oranges And Lemons [Artist V-Z]

屈折したまま、まっしぐらに駆け抜ける。XTCのとても変で歪んでおかしな音楽が、それでも力強いのは、その前向きな姿勢があるからです。Andy Partridgeは筆者にとって永遠のアイドルの一人なので、あまり客観的で冷静な文章が書ける自信がないのですが、彼の一途な意志が「ファン信仰」の基礎にあります。

デビューしたときから、パンクシーンの中でも強烈に差別化された異次元にいましたが、突然ライブをやめてしまったり、最近はメジャーレーベルとの契約が切れて、節操のないリミックス盤を多発したりと、決して順調な道のりを歩んできたわけではありません。Andyは、自信があるのか、強がっているのかわからないところがあり、めちゃくちゃ過激なことを言っているかと思えば、情けないくらい弱気なことを言ったりする。そんな弱さを、ときにそのまま出してしまうところがこのバンドのまじめさであり、リアルなところです。

彼らの「トラブル」の元凶は、何と言ってもAndyの普通とは違う歌心です。この人から出てくる音のイメージや、メロディセンスや、リズム感覚は、万人受けとはほど遠い、かなり突飛なもの。もちろんその「ヘンな感じ」がXTCをXTCたらしめているのですが、Andyにしてみれば奇をてらっているわけでもなんでもなく、純粋にいい音楽を作ろうとやっているだけ。これが彼の美的感覚なのです。しかし、彼らの普通とのズレは、当然のことながら商業的な成功になかなか結びつかない。まじめにポップでメジャーになろうと一生懸命やっているけど、認めてもらえない。このジレンマの中で、浮き沈みを繰り返しながらも、なおもあきらめずに新しいポップを作り続けようとする、それがXTCのすべてです。

長いキャリアの中の幾多の傑作群の中で、本作は彼らの多面性が「キャンディ・ポップ」という、もっとも明るく開かれたコンセプトの元にまとめられたものです。それこそ構成する要素は、アラビアンナイトから、ジャジーなミュート・トランペットから、ミニマルノイズから、ハードロックギターから、飛び出すガイコツ(?)からビートルズメロディに至るまで、XTC玉手箱の見本市なのですが、これら全てが統一感のあるポップ・サーカス・ショーの中に収められています。

これを始めて聞いたときは、ファンとしても、いちロック・リスナーとしても、とても幸せな気持ちになりました。「ヘン」なことが、これほど楽しく、元気に表現され得るのだ、という純粋な驚きと喜びでした。発表から15年以上経ちますが、その明るさは色あせることがない。屈折を美に変換してしまうマジカルな処方ともども、この中に新鮮なままでパッケージされている。いつの時代も、パッケージを開けた幸福なリスナーには、その幸せは花火の光のように降り注ぐのです。


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コメント 4

ezsinさんを前にすると、私もXTCが好きです!と言う資格があるのかどうだか。学生時代に友達が貸してくれて、ひたすら聴いていました。3年程前にまた別の友達が別の作品を貸してくれて。XTCはくせになりますね。
by (2006-03-12 00:46) 

ezsin

そんな謙遜することないですよお。XTC仲間に差はありません。そういえばいつ頃だったか、XTCのライブを日本で実現しよう運動なるものの告知が、CDの帯についていたように記憶しています。そうだそうだと思いながら、いったいどうやって運動するのか見当がつきませんでした(当然実現しませんでした)。今ならネットを通して仲間が結託することが出来るのになあ・・
by ezsin (2006-03-12 01:43) 

ノエルかえる

おじゃまします

 XTC の音楽は、奇妙なものではありません。彼らは、非常に率直に、日常生活を描写しています。自分達の見る世界をそのまま音でなぞっているだけです。
 彼らの唱法は、英国人には異質なものではないでしょう。それは、辻での物売りや、布告の朗誦、祭りでの出し物の芝居の台詞の抑揚そのままなのですから。そのような町の騒めきや、調子合わせの掛合、数え歌等が、彼らの歌に絞り込まれているのです。
 一方、戦後復興後に育った彼らは、私もまたそうですけれど、団地世代だと思います。幾何学的で人工的な矩形の世界が、私たちの世界でした。同時にまた、コミックで育った世代でもあります。スーパーマンやサンダーバード、私たちにはウルトラマンですけれど、これらもまた、人工的で化学製品の臭いを纏ったものでした。
 そのような彼らの耳には、ブライアン・ファーニフォウやアンソニー・ブリックストン、私たちには、武満徹や山下洋輔が親しみやすい音楽でしたでしょう。それはつまり、『サウジャント・ペッパー・ロンリー・ハーツ・クラブバンド』が肌にぴったりの歌に思えたということです。グラスやライヒに喜んだのも、同様でしょう。
 初期の彼らが、無機的であったのはそのためです。また、ポップであるとは、商店の棚のポップ宣伝がそうであるように、飛び出していることです。それはまた、道路標識のように、簡素に図像化されたものです。それ故、無名性を特徴としています。彼らは、自分たちの世界を描くのに、この無名性を選んだのです。私たちの団地的な世界を描くのには、最適と思えたのかも知れません。
 後の彼らは、この団地的世界を脱して、その下にある土地的世界へ移行します。その際には、伝統的な祭儀を方法とします。それもまた、無名性が要求されるものですけれど。
 土地的世界を描いた彼らの歌には、伝承されてきた、マザー・グースのような俗謡が裏打ちされています。ですので、彼らのの日常生活に、非常に深く根ざしたものなのです。
 日常生活そのままの全うな世界を音楽化しているのです。
by ノエルかえる (2008-01-25 21:15) 

ezsin

ノエルかえるさん、コメントありがとうございます。
すごく深い洞察ですね。
さまざまな社会背景を含めて、きわめて現代的なバンドなのでしょうね、XTCって。
by ezsin (2008-01-27 09:45) 

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