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Eminem - Curtain Call [Artist D-F]

レッドカードによる衝撃的な「退場」というジダン選手の幕引き。三位決定戦という和やかな「引退試合」でのカーン選手の勇退。そして、センターサークルの中で万感の思いを吐き出した後に、きっぱりとけじめをつけた中田選手の決断。世紀のイベントは、選手の人生の節目を見る場でもありました。

音楽の世界は、なかなかこうはいかない。それぞれが個人商店のようなものですから、やめるにしても各自の勝手。下手に引退すれば、それは単に売れなくなったからだと揶揄されるのがおちで、決して華やかに演出されるものではない。ひっそりといつの間にかいなくなるケースがほとんど。

Eminemと中田英寿が似ているなあと気づいたのは、今回の引退劇を通して。どうやらEminemの「引退説」はデマだったようですが、似ているのはそういう潔さだけではない。「規格外のドデカさ」で共通するものがある。自身が「ホワイト」でありながら、内部に抱える「ブラック」な本能をあえて追求したEminem。厳しい現実と湧き上がる表現欲の中で、もがきながら活動してきた彼は、はじめから意識レベルで、普通のアーティストの次元を超えたところにいたといえる。表現する内容も方法も、誰の常識をも超えていた。みなただただその斬新さに唖然とさせられた。私たちが体験したのは、ヒップホップでも、ロックでもなく、その概念が破壊されて、再構築されて、新しい価値観に生まれ変わる瞬間だったのです。

中田選手も、普通のサッカー選手の規格にはまり込む人ではない。東洋の島国の中だけで完結していた小さなサッカーの枠を、世界のインチサイズにまで広げることに貢献していながら、それだけに飽き足らない器の大きさを持っていた。私たちが彼のプレーに見ていたのは、人間の可能性のもつ大きさだったのかもしれません。

Curtain CallはEminemの集大成。まだまだ音楽でやり足りないことがたくさんあるように聞こえるし、勢いは収まるどころか、新たな方向を目指して渦巻いている。この人にとって仮に「Eminem」というひとつの方法論が終わったとしても、可能性は無限に広がっていることを改めて確信できる内容です。

規格を超えた次元で生きてきた二人に共通するのは、これからの活動のイメージがわかないこと。いつも進む道を自ら引いてきた人たちなので、当然といえば当然なのですが、勇気があるなと本当に思う。圧倒的な自信があるからこその大胆な行動。私たちとしては、その決断の先にある新たな驚きを楽しみに待ちましょう。


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