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Miles Davis - Kind Of Blue [Artist D-F]

「市民ケーン」という映画があります。映画史における最高傑作と呼ばれている作品ですが、あまりお目にかかる機会がない。確かにすごい。カッティング、ライティング、カメラワーク、プロット、どれをとってもそれまでの常識をはるかに超えて革新的で、目を奪う。でもここにこの映画のジレンマがある。「すごい」映画No.1ではあるけれども、「見たい」映画でも、「面白かった」映画のNo.1でもない。

確かに「見たい」映画ランキングであれば、それは単なる人気投票で、各人の趣味に左右されてしまう。映画史への貢献、テクニカル・ポイントなど、ある程度の客観性と定量性を兼ね備えた視点から見ないと、ランキングなどできない。でもそんな風にして決めたランキングに何の意味があるのだろう。実際に「すごい」映画No.1はあまり上映されないし、テレビでも放映されない。映画の本質的な価値は、娯楽としての醍醐味である。その、きわめて原則的なことを、ランキング主義は見落としてしまうのです。

Kind Of Blueに対するお決まりの称賛のトーンも、市民ケーンに似ているところがある。「ジャズの最高傑作」「その後のジャズを決定付けた世紀の名盤」等々。背後にあるのは、それまでの演奏スタイルを否定し、「モード」と呼ばれる新しい方法を提案・実践した最初の作品という事実です。理論的な話はよくわからないので、お叱りを受けそうですが、それまでのコード進行に合わせてアドリブすることをやめ、奏者がもっと自由に演奏できるようなルールを作った。その考え方が正しいことを、作品の質の素晴らしさで、自ら証明している記念碑的作品、というわけです。

長いことこの「論法」に違和感を感じてきました。おそらく多くのリスナーがそうだと信じているのですが、この作品に最初に触れて感動するのは、そんな能書きに対してではなくて、単純に「いいなあ」とか「きれいだ」とか「かっこいい」と思うからです。もちろん、その感情を呼び起こす技術的な基礎には、新しい奏法があるのでしょう。モードでなければ、Kind Of Blueはああは鳴らなかった。しかし、モードだったら何でもKind Of Blueになるのか、といえばそれも違う。この作品の価値を決定付けているものは、何か他にあるはずなのです。

常識的な見解の対極に、ものすごくいい加減で出所も不明なのですが、次のような論法がある。「硬直したジャズを変えようと、50年代後半に起きた2つの大きな革命、モードとフリージャズはいずれも失敗だった。なぜなら60年代に世界を席巻したのは、その新しいジャズではなくて、ビートルズとストーンズだったからだ」。ほとんど詭弁で、ジャズ評論家の逆鱗に触れる(相手にされない?)内容ですが、一理あると筆者は思う。

まずモードを奏者にとっての開放と考えるところにパラドックスがある。これもよく知られていることですが、Milesの提唱したモードは難しくて、みんな必死になって習得した。Cannonballはマスターできなかったとも言われている。奏者を解放するどころか、新たな制約の中で動き方を一から学ばなきゃいけない。これでは、多少広くなったかもしれないけれども、ひとつのルールからもうひとつのルールに移っただけではないか。

ビートルズやストーンズにはルールもへったくれもない。実はブルースやR&Bという「ルール」にしっかりはまっているのだけれども、そんなことは意識すらしない。3コードであっても、恋を正直に歌い、ギターを大音量で鳴らせば、みんな聞いてくれる。全然、別次元で音楽を捉えている。ルールなんか気にしなくても十分に暴れることができると能天気に考え、実践し、成功しちゃったのです。

いわばジャズが「頭」で考えようとしたのに対し、ロックは「カラダ」で反応しようとした。60年代は、ジャズが頭で混乱している間に、カラダで走ったロックの圧勝だったのです。

そこでKind Of Blue再考。このアルバムを本当に「頭」で捉えるべきなのでしょうか。先に述べたように、この作品に含まれる曲のリリシズム、美しさはたとえようもない。本当に鳥肌が立つ。なぜなのか。それはモードという新しい方法だからではなく、新しい方法にチャレンジするという気持ちの謙虚さと真剣さが、歌心に結実しているからではないか。ここに集うミュージシャンは必死になって、美しい歌を歌おうとしている。それまでのインプロビゼーションの利己的な精神を捨て、献身的にひとつの歌を完成させようと一心に努力している。そのことこそがこの感動を産み出しているのではないか。頭でもカラダでもない、このアルバムは、「ハート(心)」で鳴らした傑作だと捉えるべきなのです。

もし、このアルバムがモード奏法という「頭」としてではなく、「ハート」として認識されていたならば、60年代のジャズ史は違ったものになっていたかもしれない。ロックに比肩するポピュラリティーを獲得できていたかもしれない。そんなことを思ってしまいます。


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コメント 6

鯉三

学生時代にこのアルバムを「変でしょ?ノリがないからジャズじゃないですよ」と言った友達がいたので、その先入観が今も残っています。ただ、ezsinさんがおっしゃるように、メロディの美しさは際立っていて、曲を崩すというよりも、真剣にオリジナル曲の「歌心」に迫っていますね。言うまでもないことですが、三曲目の「ブルー・イン・グリーン」はエバンスの叙情性と孤独が完璧に表現されたものですね。マイルスがどれだけ彼に惚れていたかがよく分かります。
by 鯉三 (2006-07-20 03:00) 

ezsin

なるほどノリがないからジャズじゃない、はひとつの考え方かもしれませんね。何せ「スウィング」ですからね。
ビルエバンスが本作の基盤を作っていますよね。曲の骨格だけでなく、「空気」だとか、「情感」だとか。だからマイルスはその上で安心して吹けている。他のメンバーは緊張しまくっているのに、エバンスだけは、ずっと先の方まで行ってしまっている。
個人的にはコルトレーンの初々しさも捨てがたい。
by ezsin (2006-07-20 22:30) 

この作品を初めて聴いたのは3年位前のことでした。昨日記事を読んでから久々に聴いてみました。普段ジャズを聴かない、理論も奏法も知らない人間でも、かっこよさが分かります。ゆったりと濃密な時間が流れていて上質で。夜が似合うなぁと思います。それとこだわりのコーヒーを出す、昔ながらの喫茶店とか。(違ってたらすみません)
聴いてからこの記事を読むと、「なるほど~」とさらに内容がよく伝わってきます。
by (2006-07-22 00:09) 

ezsin

「昔ながらの喫茶店」-ジャズ喫茶ですね、それ。コーヒーにもこだわるし、棚いっぱいに並んだレコードとプレーヤーにもこだわる。昔友達とちょくちょく行きましたが、しゃべっているとマスターににらまれる。だからレコードを換えているときとか、ときどきある何も流さないときとかに、まとめてしゃべるようにしてた。何がかかっているかほとんどわからなかったですが、たまーに知っているのがかかると何となく誇らしかった。

きっとKind Of Blueは年に何回もかけないし、かえって誰もいないときに、マスターが自分だけで楽しむためにかけるアルバムかもしれませんね。それくらい思い入れを持つんじゃないかな、そういう人って。

でもありそんさんおっしゃるように、夜聞くのが一番ですね。スコッチといきたいところですけど、濃い目のコーヒーで意識をピリッとして集中するのが、この作品への礼儀かも。
by ezsin (2006-07-22 13:42) 

shim47

 はじめまして。
確かに「作品」ですね。そして、あまたあるジャズのレコードの中で「作品」と呼べるのはKind of Blueただ一つだけではないかとある時期から考えるようになりました。残りの全ては「記録」とでも呼ぶべきなのでしょう。元々ジャズとはそういう性質の音楽なのであって、ロクにリハーサルもせず、即興で演奏されたものが一つの「作品」になるという奇跡を私たちはここに聴くことが出来るわけです。
 
 但し、作品性に乏しい単なる「記録」が、そうだからという理由で劣ったもの、無価値なものだとは考えていません。
 私は25年前にこのレコードを買い、ある時期本当に何度も繰り返し聴きましたが現在はそうではありません。歳をとって矛盾や屈折を沢山内在させるようになると、余りにもスキがなく、完成されたものに対してリスペクトは抱けても自分の心情を託すような聴き方はしづらくなるように思います。距離感を覚えてしまうというか・・・

 今は繰り返しのマンネリフレーズやらあちこちにミスの散見されるどうと言うこともない「記録」の山の中から自分の心情にしっくりきそうな断片を拾い上げてはニヤッとする音楽生活を送っています。
by shim47 (2006-08-28 12:13) 

ezsin

shim47さん、はじめまして。コメントありがとうございます。
「作品」と「記録」の捉え方は、思慮に満ちた深遠な見解ですね。そこまで深い見方をされていることに本当に脱帽です。確かに完成されたスキのない作品よりも、あいまいさの残るところに、聞き手としては感情移入する余地を見出すのでしょうね。実は私も、ぎこちなさとわかりにくさにあふれたThelonious Monkの世界にいちばん惹かれます。どこか安心するのでしょうね。世界は完璧ではない。完璧でないから美しいと思えるから。
by ezsin (2006-08-29 21:36) 

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