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Lloyd Cole - Antidepressant [Artist A-C]


筆者が唯一持っているミュージシャンの自筆サインはLloyd Coleのものです。2001年にシカゴのライブハウス(というよりキャバレークラブのようなところ)で、CDジャケットにしてもらった。ライブの途中で、「ライブが終わったら出口のところでサインするよ。そうだよ、僕もここまで来ちゃったんだよ」というコメントに悲しくなりながらも、列に並んだ。前に並んでいた恰幅のいい中年の2人組がLloydと話しているのが聞こえてくる。
「やあロイド、いつか一緒にバーでプールやったの覚えているかい?」
「ああ、そんなことあったね。楽しい晩だったね」
「また来てくれよな」
「うん」
自分の番になってずっと考えていた会話を試みた。
「前回あなたのライブを見たのは日本だったんです」
「本当!どこで?」
「東京、渋谷。なんとかEastというところ」
「ああ、覚えているよ。確か向かいのWestで若いバンドが出てたね」
「そうですね。また日本に来る計画とかありますか?」
「ぜひそうしたいんだけどね・・」
「楽しみにしています」

Lloyd Coleは筆者にとって永遠のヒーローです。これだけいろんな音楽のことを書いていながら奇異に映るかもしれませんが、事実です。サインをもらうときもどきどきした。ヒーローと世間話をするなんて、あってはならないこと。幸福は永遠に手に入らないからこそ幸福であるのだけれども、筆者はパンドラの箱を開けてしまった。

話をしたら「なんだ普通のおじさんじゃないか」と思うこともあらかじめわかっていたし、事実そのとおりだったけれども、そんなことで変わるものではないこともわかっていた。じっとこちらを見つめる瞳の奥は、あいかわらず鋭くて、深い闇を感じさせた。それは確かに普通のおじさんのものではなかった。

彼の音楽について長いこと考えてきました。考えるといっても、Led ZeppelinやBeatlesやU2について考えるのとはちょっとわけが違う。ロック史に燦然たる業績を残し、その偉業をどのように対象化するかという類の考察ではない。しがない一ロックシンガーが作る小さな音楽が、なぜこれほど自分自身を突き動かすのか。小さい音楽と小さい聞き手との関係は、大きな時代の流れの中でどのように解釈されるべきものなのか。つど悶々としてきた。ある意味では偉大なグループを語るよりも難しいことであり、もしかして何の価値もないことなのかもしれない。そんな思いがますます重くのしかかるのでした。

彼の新作には、一ファンとして相変わらず打ちのめされてしまうのですが、彼自身が筆者の悩みにひとつのヒントを投げかけてくれた。Antidepressant(抗鬱剤)。これだ。彼の音楽は、抗鬱剤としての鬱サウンドなのだ。

Commotionsのデビュー時からそうですが、彼の作る音楽は一貫してひねくれて、弱々しくて、青臭くて、負け犬で、不幸。Ready to be Heartbroken?失恋が前提の恋。Unhappy Song、Sentimental Fool、No Blue Sky、When The Morning Is Broken。悲しくなることが前提の人生。この前までのバンドの名前は、そのもののThe Negatives。これってdepression(鬱)そのものじゃないの。こんなことを歌う人が浮かばれるはずもなく、レーベルはどんどんマイナー化していき、生活は苦しくなるわ、結果としてますますネガティブに陥っていくわで、悲劇のスパイラルをぐるぐる落ちていくばかり。

逆説的ですが、あらかじめ絶望を受け入れているがゆえに、美しい。いつか浮かんでやる、という醜いあがきがない。成功しているものへの妬みもない。成功しないことの嘆きもない。もちろん、生きていくうえでは最低限の成功は必要だし、彼自身も野望がなかったわけではない。彼の音楽の「キレ」はむしろ時代に取り残される、という焦燥感に起因するとさえいえるのかもしれない。しかしいずれにしても彼の目指す地平は、絶望を前提としている。それは彼の活動を通して一貫している。彼は食っていく必要に駆られても、安易な夢を歌うことは決してしない。

彼の音楽が美しいのは、夢のしがらみが抜けきった先にある、むき出しの現実をそのまま見つめる視点の透明さを持っているからです。「不幸だね」。成功も妬みも排除した先に横たわるその事実だけを受け入れたときに、それは「でもいいじゃないか」と同義になる。ずっと一貫してLloyd Coleの音楽が鳴らしてきたのは、このあるがままの「いいよね」だったのだと思います。

思えばこの感覚がいちばん自分にフィットするのでしょう。かつてはどうしようもなくさえない生活をしていましたが、そんなときに壊れた先の世界を静かに提示してくれたのは彼の音楽だった。そしてすこぶる順調でまっとうな生活者になった今も、頂の彼方に広がる世界もまたグレーであることを暗示させてくれるのも彼の音楽。鬱はずっと鬱のままでキミについてくるのだよ。自分が救われないことを、自分がいちばんよく知っていることを、彼はそっと気づかせてくれるのです。

最後にひとつ。たぶんもう10年ぐらい前になるでしょうか、その例の渋谷クワトロでのライブ。筆者のように二晩とも来ているひとりの青年がいました。黒縁のめがねに、青いデイパックを背負い、社会から弾き飛ばされ、ここしか来るところがないといった様相で、じっとステージを見つめていた(その日の観客はみんなそんな感じだった)。そんな彼がライブ中のほとんど、ぼろぼろと涙を流していた。手は肩にかかったデイパックのストラップにかけたままで、顔をぬぐうこともしない。ライブが終わると、さっと脇目も振らず足早に会場から出て行ってしまった。筆者もこみ上げるものを必死にこらえながら、彼の姿が人ごみに消えていくのを眺めながら繰り返し思ったものです。こんなにも強い衝動を持った音楽、力を持った音楽。これが無価値なはずがない。はずがない、はずがない・・

あの日、渋谷の夜の喧騒の中へ、弾き飛ばされる社会の渦の中に戻っていった青年はどうしているのだろうとふと思うことがあります。


ここまで長くなったので、開き直りで関連リンクを:
☆2004年に一度だけ再結成したCommotionsのHammersmith Apolloでのライブ録音がInstant Live Storeで購入できます
フランスのラジオ局での演奏が見れます
Lloyd Coleのmyspace
☆息子のWill Coleも14才で音楽をやっている!


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