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Tracey Thorn - Out Of The Woods [Artist S-U]

Tracey Thornの声はどこか別格です。声だけでこれだけの存在感をもちながら、簡単にスタイルやテクニックで語らせない。ポップでもないし、ジャズでも、ボサノバでも、フォークでもない。むしろすべてでありながら、どの説明もしっくり来ない。

同じことが感情表現についても言えます。笑うわけでも、泣くわけでも、怒るわけでもない。もしかして「平坦」といってしまっていいほどクール。ところが無感情かといえばそんなことはない。ライブで彼女が歌うApron StringsMirrorballを聞いて、ぼろぼろに涙を流す女の子たちをたくさん見てきました。一つ一つの表情ではなく、総体としての心のありようを彼女の声は体現してしまう。

Ben Wattのクリエイティビティとプロデュース力とのマッチングで、揺るぎないオリジナルな世界を構築しているのがEverything But The Girlだとすれば、本作はTraceyの「Traceyらしさ」を徹底的に追求している作品といえるでしょう。本家ebtgが長く休止状態にあって飢餓状態にあるファンにとっては、まさにLike the Deserts Miss the Rainのように待ち望んでいた便りでもあります。

サウンド的にもここではひとつの革命を起こしていると思います。
アコースティックもエレクトロニカも超えてしまった。
ebtgはもともとアコースティック系の素朴な音を鳴らしていましたが、ある時期からエレクトロニカに大転換を図りました。クラブの先端的な要素を取り入れながら、情緒的なエレクトロニカという新しいジャンルを切り開いた(少なくとも筆者はそう思っています)。踊りながらも涙がほほを伝ってしまう。先のMirrorballなどはまさにその真骨頂です。

ただそれでもどこかにアコースティックとエレクトロニカという葛藤が彼らの中にあった。言葉を換えれば、フォークやロックという情緒性と、ドラムンベース、ディープハウスという機能性。両者の折り合うところを探すのが彼らのテーマだったといえます。

本作にはその図式はありません。ジャンルの境目はますます不明瞭になり、メロディとビートはにじむように混ざり合っている。生楽器音と電子音が、「対比」という構図ではなく、「共生」するように寄り添っている。長いときを経て、ようやくこの域に達した。熟成されたウィスキーのように、アルコールと水が馴染んでいる。

この音が地味に聞こえるとしたら、それはこれが新しい音だからです。ダンス・ミュージックのあけすけな刺激はありません。ギターポップの虹色の楽しさもありません。その代わり、両者の先にある、成熟した豊かさがたっぷりと含まれています。

この見事な融合は、Traceyの声に収斂していきます。彼女の声そのものが、様々な異質のものを統合する不思議な力を持っているのです。

Here It Comes Againは、Nicoの幽霊と交信しようとしている曲なのよ、と彼女はお茶目に言っている。彼女の声ならば、どんなところに届いてもおかしくはないと思います。


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はじめまして。
この久しぶりの新譜はまだ聴けていませんが、丁寧な解説を読み、音が想像できました。遠い渚以来ずっと追いかけてきたので、いまだにリアルタイムで聴けるのは嬉しい限りです。
by (2007-03-24 12:40) 

ezsin

ayumusicさん、こんにちは。
長く「お付き合い」してきたアーティストはたくさんいますが、ebtgの2人がなぜか一番身近に感じるひとたちです。リアルタイムで聞けるのは、ときめくような感動がありますね。好き嫌いではなくて、もう親戚づきあいのように馴染んでしまうのが、とても不思議です。
by ezsin (2007-03-24 20:40) 

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