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Branford Marsalis - Braggtown [Artist M-O]

ジャズはどこに向かうのだろうと思います。
もちろんここでいうジャズの定義はとても難しいし、あいまいです。
例えばムーブメントとしてのアシッドやラウンジまでを含むのか。ファンク、ソウル、ロック、ヒップホップとのクロスオーバーあるいはミックスなどのアグレッシブな試みまでを含むのか。

定義論は避けたいので深入りしませんが、このようなものも含めて、わたしたちが通常「ジャズ」と認識するものをイメージしています。

もっと簡単にいきましょう。
Branford Marsalisはジャズ・プレーヤーです。本作は、ギミックなしのストレートなジャズです。力強いし、強い意欲を感じる。しかし、話題にならない。売上も芳しくない(と思います。ほとんど見かけないし、amazonのランキングにもない)。Branfordはシーンの中核を担う花形選手です。しかし、この周りに花がない。

聞きたい人だけが聞けばいいじゃないか、とは思いません。
そういう議論もありますが、排他的で、将来の可能性をどんどん狭めてしまう気がしてしまいます。芸術は常に開かれていて、批評や時代性にさらされているべきです。その中で鍛えられ、存在価値が示されていくのだと思います。

ジャズの多方面への展開は、時代にさらされるために開かれていこうとする試みだと思います。ヒップホップ・ジャズは、純正(?)のヒップホップと対峙することで、自らの存在をシーンに刻み込もうとしている。インプロビゼーション、プレーヤーの「個」を音に変換するプロセスが、方法論として時代に通用することを確認する作業。その必要性を肌で実感する作業。

では本作の位置づけはどうなのでしょう。
正面切ってジャズに浸り、そのパワーを再認識すること。
受け入れられる、受け入れられない、という外部とのかかわりを意識するのではなく、自分自身の内部に問いかける作業。答えをつかもうとする必死の努力。熱気を感じると同時に、禅僧のような高い緊張感がみなぎっているのは、そのためではないでしょうか。

「Blakzilla」
火を噴き、あたりを蹴散らすような勢い。そこには膨大なエネルギーとともに、巨体をもてあます悩める巨人の姿も重ね合わさります。巨人とは、ジャズそのものであり、Branford自身でもあります。

この先にどんな答えが待っているのか、正直わかりません。
ただ、逃げずに突き進む先には、何かが開かれると思うだけです。
ひとついえることは、常に真剣に突き詰めていく姿勢がジャズの大事な柱だということです。
これを失ってしまったとき、「ジャズ」という言葉は葬り去らなければいけないのかもしれません。


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deacon_blue

☆ 痺れますね。

> 常に真剣に突き詰めていく姿勢がジャズの大事な柱だ
> これを失ってしまったとき、「ジャズ」という言葉は葬り去らなければいけない

☆ 凡百の自称「ジャズ」「評論家」に見せつけてやりたい。これは「音楽の命」に直接触れる言葉です。どんなジャンルでも良い,音楽を「評論」するとは,このような「本質」を体得し,それを伝えていくことに尽きると思います。そうでなく「批評」が「音楽」と「対峙」出来るというのは,感性も経験もない浅薄者の思い上がりに他ならないのです。

☆ 命を削って作った音には,命を削って言葉で対峙すべきであり,そうでないものは,それなりに見てあげれば十分なのです。そしてそれを「峻別」することこそが「評論」であるのなら,自分が好まないもの,興味がないもの,合わないものに対して,言葉を用いてはならないのです。たとえ対象がアイドル歌謡曲だったとしても,あたしはそういう考え方で書いていきたいと思います。
by deacon_blue (2007-04-26 11:48) 

ezsin

本当にその通りだと思います。
こうして書いていくときに責任と重みのようなものを常に感じています。
そうすることがアーティストに対しての礼儀であり、そうすることではじめて書くことに意義と価値が生まれるのだと思います。もちろん、それが読んでいただいている方に対しての誠意につながるのだと思っています。
by ezsin (2007-04-27 22:47) 

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