So-net無料ブログ作成

Paul McCartney - Memory Almost Full [Artist M-O]

Paulの作品を聞くときは大変です。あまりに多くのことが頭をよぎってしまう。待ち構える辛口の批評家たちの受けはどうだろうか。今度はファンの期待にこたえてくれているのだろうか。どの時代のどの作品に近いのだろうか。今のシーンに対して影響力があるだろうか。

素直に作品を鑑賞する前に、たくさんの「?」が浮かんでくる。しかもいやな予感が多い。行く末を案じるとは言いすぎですが、とにかく気になってしょうがない。

その背景には、とてつもなく大きな期待があることと、その期待の始末のしかたに手を焼いていることが挙げられます。

Paulの作品は別格であり、すべての音楽を凌駕して燦然と輝かなければいけない。Beatlesにはじまるポップミュージックの進化の上昇カーブを、そのままずっと引っ張っている。いつの日からかそんな思いに囚われ、いまや妄想と化してしまっている。世界中のファンの多くが同じ症状に見舞われているのではないでしょうか。

ここにはいつものようにPaulのいろいろな要素が詰まっています。素直なポップチューンから、プリミティブなロックンロール、クラシカルなアレンジから、複雑なコーラスワークまで、解説する必要もないくらい。2分そこそこで高度な楽曲を裁いてみせる手腕はいつもどおりに舌を巻きます。もちろん、曲を素直に鑑賞することはできます。入り込めるのもあれば、「ちょっと」というのもある。ポップミュージックとの普通の付き合いをするのもまたPaulに対する礼儀で、こちらとしても手馴れたものです。

かなり芝居がかり、映画のように時間軸が動いていきます。だんだんMemory Almost Fullの意味深なタイトルの色彩を帯びてきます。
「あの時暴れていたのも、テレビに映っていたのも、今ここにいる自分だったのだ」と宣言するThat Was Me。感謝、感謝のGratitude。すべてが終わったときに悲しまないでくれと淡々と歌われるEnd Of The End。どこか大団円を意識している。そんなに深刻ではないのだけれども。

----

数日前に母親からメールが来て、検査の結果、父親にガンが見つかったと書いてありました。帰りの電車の中から電話をすると、父親は穏やかな声で心配は要らないと言う。転移があるかどうかの検査を行い、近いうちに手術をするのだと淡々と話してくれました。何をどう言っていいのかわからず黙っている自分は、遠い昔に父親に対して何も言えずにうつむいていたときと変わっていません。子供に対する父親の声は、時にバカみたいに大きく、時に気持ち悪いくらいやさしい。どんなときにもそれは子供の世界を超えたところから降り注ぐものでした。

いつになっても変わることのない大きな存在。そしていつかは訪れる臨界点に達する瞬間。Paul McCartneyは世の父親と一緒だなあと思います。Paul自身も大きくなりすぎた「Paul McCartney」に手を焼いている。ポップミュージック全体の父親として、長いこと仕事をしてきた。あらゆる要望を飲み込み、あらゆる夢を引き受けてきた。あらゆる方策を尽くし、あらゆるアプリケーションを開発してきた。精一杯の力で動き続けてきたメモリーは、もうすぐ容量いっぱい。思い出すべきメモリー(記憶)も多すぎて溢れかえっている。もう何も入らないかもしれない。もう何も出てこないかもしれない。彼自身、それを感じている。

壮麗な絵巻のように流れていく13曲を聞いた後、もう一度最初の曲を聞く。
Dance Tonight。
「みんなウチにおいで、今夜は一緒に踊ろう」
何の変哲もないシンプルな曲。なぜかとめどなく涙が流れます。
大きくて途方もない。その大きさに包まれて僕たちは大きくなってきた。
何とか一人前の大人になった。
ありがとう。
もう少しだけこうやって一緒に踊っていたいんだけど、もう少しだけ。


nice!(3)  コメント(4)  トラックバック(1) 
共通テーマ:音楽

nice! 3

コメント 4

お父様の手術が、無事に成功することを心よりお祈り申し上げます。
by (2007-06-05 23:50) 

ezsin

ご心配おかけします。お気遣いありがとうございます。いつも私事の心配事を書いていて、読まれている皆さんには迷惑だろうなあと思っています。生来の心配症と甘えん坊の性格が出てしまっていていかんなあと思いつつ、それをしてしまいます。

昔からものを書くのは好きで、日記風のたわいないものを書いていたのですが、基本は心の不安や心配事があったときに、それを整理するために行っていました。振り返ってみてそれがよくわかります。今もその続きをやっているのですね。

そんな性格ゆえに音楽に傾倒してしまうのだと思います。何かの救いを求めて、何かにけりをつけるために。

懲りずにお付き合いいただければと思います。
by ezsin (2007-06-06 13:11) 

遅ればせながら、毎日聴いてます。批評家やネット上でもいろいろ言われていますが、サウンドも緻密だし、歌詞世界も能天気な1曲目から、老いや死を見つめた後半の曲群まで、深みがあって私はとても気に入っています。ezsinさんの記事が一番、私が受けた印象に近かったです。勝手ながらトラックバックさせてください。
by (2007-06-17 15:11) 

ezsin

ayumusicさん、トラバありがとうございます。私からもさせてください。
思っていることをそのまま音にしたって感じのありのままな姿が感動を呼びますよね。自然体でこれだけの深さを出せる人ってPaulぐらいではないでしょうか。
by ezsin (2007-06-17 17:03) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 1