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Billy Joel - The Nylon Curtain [Artist J-L]

アメリカ留学から帰ってきたのは2001年の6月でした。
それから3ヵ月後、9月11日に世界貿易センターが崩れていきました。
同期の卒業生の中には、ウォール街に勤めたものもいました。
学校のウェブで安否を気遣う書き込みを、震える手でひとつひとつクリックして読みながら、大きな終わりの感覚に支配されていました。

その間中、どこかでずっとBilly JoelのGoodnight Saigonが鳴っていました。
はっきりと聞こえてきたり、心の底辺で渦巻いていたり。
ヘリコプターの音と激しい鼓動とがオーバーラップしながら、それでも鳴っていたのは「歌」でした。ポップソングとしてのうた。

優秀なアーティストは、いつも社会性と向き合っています。
時代と言ってもいい。
誰かに向かって何かを発信している以上、宿命的に社会とのかかわりを持っている。そのことを自覚しているか否かでアーティストの価値は決まります。

Billy Joelもまたしかり。
彼が向き合ってきた社会は、アメリカのミドルクラスの現実です。
古い自宅の屋根裏から、ニューヨークの場末のバーまで、ピアノで奏でていたのは、等身大のアメリカン・ピープルに流れる旋律です。いいことも悪いことも、すべてをすばらしい歌にしてきた。
彼はただの優秀なメロディーメーカーではありません。
彼が音楽に向かう動機は、わたしたちのどんな日常をもポップミュージックにしてしまうこと。

そんな彼が、ミドルクラスから徐々にアメリカが抱える問題、病巣に対して無関心でいられなくなったのも、自然な流れです。直接的に社会問題にかかわるわけではない、スラムや貧困をダイレクトに糾弾するわけでもない。しかし、ポップのミラクルを信じ、担ってきたアーティストしての使命感から、何らかの形で向かわざるを得なかったのでしょう。本作は賛否両論ありますが、これを否定してしまってはポップミュージックの何たるかを見失ってしまうのではないかと筆者は思います。

繰り返しますが、Goodnight Saigonはポップソングです。究極のポップソングかもしれない。反戦歌ではありません。鎮魂歌でもありません。政治プロパガンダが込められているわけでもない。誰を糾弾するわけでも、誰のために泣いているわけでもない。あきらめているわけでも、希望を持っているわけでもない。

ただ、「We'll all go down together(そこに一緒に行こう)」とだけ言っている。

たぶん、わたしたちが精一杯できるのはこれだけです。
そこに一緒に行くこと。すべてを引き起こした責任も、すべての感情も、すべての結果も、そこで一体化させる。誰が残るわけでも、誰が勝つわけでもない。そこに行くのは、わたしたちなのだ。

Billy Joelはその決意をも歌にしてしまう。
ベトナムの熱帯雨林の泥の中で、
崩れ落ちる貿易センターの粉塵の中で、
バグダッドの吹き飛ぶバスの中で、
パキスタンのモスクの地下室で、
兵士が、消防士が、子供たちが、そしてわたしたちが歌うための歌。
そんなギリギリの極限状態にも響くポップソング。
そこで歌うことで、すべてが解決されるのです。

音楽に何ができるのかとよく言われます。
The Nylon Curtainを聞くたびに、それは人類のララバイを奏でることなのだと思います。


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コメント 6

deacon_blue

☆ 深い洞察力です。感じ入りました(^o^)。
by deacon_blue (2007-07-12 08:29) 

読み終わったあと、ちょっと泣きそうでした。
月並みな表現ですみません。
そんな、簡単な内容じゃないのに・・
by (2007-07-12 15:14) 

ezsin

deacon_blueさん、いつもniceありがとうございます。お褒めいただいてなんだか恐縮です。最近いやな事件が多くて、考え込みがちな毎日です・・
by ezsin (2007-07-12 20:01) 

ezsin

ぞうの国のあるじさん、コメントありがとうございます。わたしも泣きそうになりますが、これもすべてBillyのオリジナル曲とBillyの表現の力がなせる業です。わたしはただその音波に漂っているものを言葉にしているだけだと思います・・
by ezsin (2007-07-12 20:04) 

鯉三

あのヘリコプターのプロペラの音は耳に残りますね。とても静かな音なのだけど、ずっと頭の中を周っているような錯覚を感じます。政治的な解釈を好むのはむしろ評論家と呼ばれる人たちで、アーティストやそのリスナーは純粋に音楽と向き合えばそれでいいのだと思います。
by 鯉三 (2007-07-13 20:42) 

ezsin

ヘリコプターの音が音楽になるのは地獄の黙示録もブラックホークダウンも同じですね。あのリズムは生理的に気持ちいい。実は戦場における精神安定剤的役割を果たしているのかもしれません。戦場の現場において政治が無関係なように、聞き手とアーティストの間に「解釈」は必要ないのかもしれません。
by ezsin (2007-07-13 20:52) 

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