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Fleetwood Mac - Tusk [Artist D-F]

度重なるメンバーの出入りを経て、70年代中期におきたFleetwood Macのブルース・ロックから、ポップ・ロックへの一大転進は、壮大な実験の総仕上げだったわけです。ちょうど企業における業態の大変革に匹敵する。繊維メーカーが電子素材メーカーになるように、コンピュータ・メーカーがコンサルティング会社になるように。

バンドを永続させるために、競争力を失った古いスタイルを放棄し、新しいスキルセットを獲得する。バンドの理念や「らしさ」をかなぐり捨て、存続のみにフォーカスしたアプローチを、業界も観衆も固唾を呑んで見守った。

Lindsay BuckinghamとStevie Nicksはいわば雇われ再建屋。産業再生機構ではないですが、保有するブランド資産を評価し、競争力の原資を見極めたうえで、利益最大化に向けたシナリオを描く。日産におけるゴーンであり、IBMにおけるガースナーであり、ディズニーにおけるアイズナーです。もっとも現実には経営のプロでもなんでもなく、好き勝手に、深く考えずにやっていただけなところがあるのですが・・

それでも目指したポップ路線は、まさにV字回復をもたらしました。
もともと保有していたギターバンドとしてのしっかりした基盤の上に、ウェストコーストで、ブリティッシュ・リベラルな歌を乗せて、バランスの取れたポップ・エンタテインメントを確立する。当のグループ内はごたごた続きでソープオペラの様相でしたが、それを含めてトータルとして実によくできたショーでした。

彼らの成功はその後、YesやDoobie BrothersやGenesisなど袋小路からの脱却を狙うあまたのバンドのモデルとなりました。

さて、Rumours以降、新生Fleetwood Macのクロニクル上に位置するTusk。
これは永続を目指す企業である彼らにとっての「研究開発」にあたる作品です。未来への開発投資として、様々な実験に取り組む。この中から、夢の新製品、新たなステージを切り開く技術が生まれるはずでした。2枚組みのたっぷりした時間の中で、それまでのステータスを気にすることなく、音楽の冒険を繰り広げる。ポップの軸をゆるく持ちながらも、ここには批判や落胆を恐れぬチャレンジがあります。

企業は事業価値の最大化の尺度で常に評価されます。
悪くなれば経営者は交代し、どうしようもなくなれば倒産します。
Fleetwood Macの場合、研究開発はあまり功を奏しなかった。もしかしてポピュラーミュージックに馴染まない手法なのかもしれない。ここまで観衆はついていくことがなかった。もしかしてこれが限界だったのかもしれない。

それでもTuskに惹かれます。
このバンドが体現した変化への柔軟性。ポピュラリティを維持するという、企業的使命のために自らのエゴを抑えても取り組むプロフェショナリズム。その中で人間的な問題が噴出し、思い通りには行かないジレンマを抱え込む。Tuskに見えるのは理想と現実が交錯する中で、それでも明日に向けての可能性に没頭する人間臭い研究者の姿です。

筆者はその昔、研究職をやっていました。
考えながら、もがきながら、それでもちょっとは無茶をしないと何も新しいものは生まれない。Tuskを聞きながら、煙と灰に帰していく実験の残骸を眺めていた日々を思い出します。


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