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R. L. Burnside - Mr. Wizard [Artist A-C]

ブルース・ミュージシャンを神格化したり、崇拝したりするのは、よく考えてみれば実に居心地の悪い、かっこ悪いことです。変な意味で差別するわけではありませんが、社会の辺境で、雨風にさらされ、唇をかみながら希望のない明日を前にしながら、それでも生きていかざるを得ない心境を、もっともシンプルな形で音として表現したものがブルースです。

成功や栄光や名誉などとは無縁のところで育まれてきたブルースを担うミュージシャンは、多かれ少なかれその重荷を背負う運命を感じているはずです。

もちろん表現手法としての可能性に目を向け、より広いオーディエンスに向けて、より開かれた文脈の中で、音楽的な進化を目指したミュージシャンはたくさんおり、その功績を否定するつもりは毛頭ありません。

ただ根っこに近いところに宿命的にはまり込んでいるミュージシャンを、安易に持ち上げるのは、どうしても違和感がある。そんな尺度で測るべきではないのです、きっと。

活動後期において、グランジ、オルタナ系のミュージシャンやレーベルから突然担がれ、玉座に祭り上げられたR. L. Burnsideは、どんな風に感じていたのだろうと思います。長髪ロッカーがバックを務め、宇宙人のようなヤツがトラックをいじる。機械で作り出したビートの上で歌えといわれ、曲は勝手にリミックスと称して解体される。

それまでどちらかといえば亜流で、一匹狼的に、まさに根っこのブルースの深みにはまっていた人です。1ヶ月の間に父親、兄弟、叔父を殺されるという信じがたい経験を持つ、「こちら側」の世界からは到底理解が及ばない、沈みゆく泥の中でよどみを鳴らしていた生粋のブルースマンです。

表立っての反応はともかく、腹の底では相当な違和感を感じていたのではないでしょうか。

あるいはブルースマンとしての彼は、それら全部ひっくるめて、「やるせない世界」として平然として受け入れていたのかもしれません。いずれにしても、周りがどうであれ、最後まで根っこらしさを失わなかった人です。

さて、本作は、彼がFat Possum/Epitaphレーベルに見出された最初期の一枚です。このアルバムが貴重なのは、まだわたしたちの手が加わっていないことです。ただ、巨大なアンプへつながる銅線をブスリと差し込んだだけの作品です。

ブルースの根っこに巨大増幅器を直結するといったい何が起きるのか。
心してかかる必要があります。

30mくらいは吹っ飛ぶ。
息も止まるくらいの風圧。
ここには称賛も評価も鑑賞する余裕すらない。
ただ巨大な圧力に押しつぶされるだけです。

そうか、この音楽の根っこにあるのはこれか。
言葉や表現を超えた形で、圧力として封じ込まれている。
この事実を前にしたときに、ようやくわたしたちは安易に口を開くことの愚に気づくのです。


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