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Black Rebel Motorcycle Club - Specter At The Feast [Artist A-C]

実はいまアメリカに住んでいる。
アメリカに住むということは車に乗るということを意味する。
実際、通勤で毎日60マイル(=約100km)走る。
ハイウェイを走るのだが、そんなイメージするほどかっこいいものではない。
単調な道を単調にただひたすら走る。
片道40分、往復で80分。
車内は完全なリスニングルーム。
往復でこのSpecter At The Feastが聞けて、ちょっとおつりがくる。
つまり再度大音量でRivalあたりをかけて家につくことができる。

これをいうと本人たちは苦笑いするだろうけれども、名前の通りなのだ。
あまりにそのままなのだが、ドライブにはまるのだ。

とはいっても暴走を促すわけではない。
周りを見ていると、ときどき車内で大声で歌いながら(聞こえてこないが口の動きでわかる)、
めちゃくちゃな車線変更をする車がいたりするが、そんな風にはならない。
まあ性格的におとなしいのもあるとは思うが、
この音楽が「切れる」方向に作用するわけではない。

むしろ不思議なのだが、周りの車が止まって見えるのだ。

これは発見したことなのだが、5車線ぐらいのハイウェイを、
同じ方向に向かって何台もの車が同じ速度で並んで走っていると、
みんな止まって見える。
いや、言われてみれば当たり前なのだけど、運転中は、普通はそんな風には考えない。
「うわ、周りの車が止まっている!」
というようなことを、B.R.M.C.の音の中にいるとふと思ったりするのだ。

彼らの音楽が一種の麻痺を引き起こすのだと思う。
爆音は一種の麻酔作用を持つ。
そこに輪をかけて魅惑的な音響装飾がかぶさってくるので、
実際にかなりヤバイ状態になっていると思う。

とはいっても別の意味では覚醒していて、
車列の間を通り抜けてくる白い車線をじっと見つめていると、
B.R.M.C.の音楽の奥底に潜む生温かさの正体を感じる。

ロックは基本的に甘ったれている。
時に高度な政治性や芸術的な革新性を発揮したりするが、
だからといって経済学の新理論や、物理現象の解明などとは異なる。
つまり理性や熟考を通して獲得する人類の英知というものではなく、
もっと直観的で、感覚的で、情緒な作用を通して、
人に、その総和としての社会に影響を及ぼす。
理論に頼らない分、言い訳もあいまいさも内包したままで、存在することができる。
大きな音のひずみや轟音には、人を突き動かす力とともに、
発信者の大いなるわがままもそっくり含まれているのだ。

そんな甘ったれの音楽がなぜこれほどの力を持つのか。
私たちは、こんな甘ったれになぜこれほど惹かれてしまうのか。

明らかに甘々のギターフレーズの洪水の中、
これまたほとんど素面では言えないような
「Lose Yourself(自分を見失いなさい)」
という決め台詞で迫られたときに、
なぜかそれを笑い飛ばすことができない。
それをやり過ごすことができない。

それは、この音の前になすがままの状態で触れたとき、
何かの縛りがほどけていき、
少しだけ楽に息ができるようになってくるのを、
確かな手ごたえとして感じるからだ。

こみあげてくるものをハンドルをぐっと握りしめながら抑え、
止まったままの車列の一群が向かう、
ゆるやかなカーブの先の消失点をじっと見つめる。
その瞬間、そこはハイウェイではなく、天空に変わっている。

甘ったれにしか救えないものがあるのだ、この世の中には。
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