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Deerhunter - Monomania [Artist D-F]

ロックバンドが奏でる音、すなわちロックミュージックと、その聞き手の関係はひとつのコミュニティを形成する。それは「ヘビーメタル」「パンク」など、便宜的に作られた区分だけでなく、「どのカテゴリにも属さない」「前衛的な美しさ」といった概念上やバンドの姿勢といったくくりを含めて形成されていき、そのコミュニティ自体がひとつの存在意義を発信することとなる。

コミュニティというとなにやら組織的なものに聞こえるが、必ずしも集団的なくくりである必要はなく、自分の頭の中だけの整理であってもよい。どんなロックの聞き手の中にも、分類や思想の「枠」みたいなものがあって、特定のバンドや音はそのどこかに収まる、そんな感じだ。

Deerhunterはいわゆるアウトロー的な「どこにも属さない」感を漂わせつつ、常に聞き手を挑発し、既成のカテゴリのあり方や整理の仕方を挑発してくるところがあるバンドだ。そもそも「オルタナティブ」と彼らのことを呼ぼうとすると、そもそもメインストリームとはなにか、オルタナティブのほうが今でははるかにロックという考え方においてはメインストリームなのではないかといった、カテゴリ分けの根本的な矛盾に改めて向き合わされることになる。

Monomaniaも、それなりに収まる場所はある。音的な特徴や、作品の意図などから、人それぞれの好みと都合で整理しておくことができる。ちなみに筆者にとっては、もう好みど真ん中の、あらゆる言葉で肯定したくなるこれぞロック的な音のメインカテゴリに入る。まあ、それを言ってもしかたないので、冷静に語らねばと思うのだが、そもそもロックとは嗜好性と理性の垣根を取っ払って、人の心に巣食ってしまう力をもつものだ。

ロックのカテゴリ化とは別の言い方をすれば、聞き手の思考法そのものを形成・増幅・強化するプロセスとも言える。そういう意味でMonomaniaは、ものすごい力でロックのカテゴリ化を揺さぶる作品だ。

雑然とした中に、適度な焦燥感といいかげんさのバランスを備えたインテリジェントな振る舞い。

言葉にするとそんな感じで、そのスタンスこそ、今一番シンパシーを感じる思考スタイルだといえる。全体はそんな感じで流れていくのだが、状況が一変するのが、作品タイトルにもなっているMonomaniaという曲においてだ。普通に始まる楽曲の途中から徐々に音が変質していき、曲の構成や楽器音の輪郭を壊してどんどんと一つの巨大な「異音」としかいいようのない異様な音響空間へと突き進んでいく。幸福な視聴体験をしていたはずが、見る見るうちにそれが崩れていき、これはもはや聞いているのか、それともただ耐えているだけなのかわからなくなるくらい、思考が完全麻痺状態になってくる。それまで安住していた自分のカテゴリの壁が次々となぎ倒されていく。

「思考の枠」のようなものから徹底的にフリーでありたい。
DeerhunterのMonomaniaからは彼らのそういう意思が感じ取れる。もちろん、それ自体がひとつの「思考の枠」としてカテゴライズされるおそれはあるものの、視聴経験がもたらす、一種の「思考麻痺状態」は、思考の縛りからわれわれを解放してくれる非常に挑戦的な試みだと思う。

なぜこうも思考のしがらみから抜けようとするのか。その先にまだ「考えることもできない」未知の体験があると思わせてくれる。そんな可能性を彼らの音楽から感じることができる。
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