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Deepchord - Hash-bar Loops [Artist D-F]

静かに刻み続ける低いベース音は、ビートというよりパルスに近い。ビートが、外部で打ち鳴らされる「先導するリズム」だとすれば、パルスは、もっと内向きな、脈動や呼吸のように個体にもともとそなわる「統制のパターン」みたいなもの。その上をざわめきのような音が執拗に覆い、聞き手をあたかもひとつの有機体であるかのように錯覚させていく。

STAP細胞論文の是非が問われている。真偽はともかくとして、そのおおもとにあるコンセプトは魅力的だ。適度に弱められた致死的なストレスによって、細胞はリセットされる。死の一歩手前の再生、刺激と開放のイメージはどこかエロティックでさえある。

細胞内のミクロな生体反応にこれほど簡単に惹かれてしまうのも、私たちがそのような小さな細胞の巨大な集合体である事実と何らかの関係があるのだろう。細胞でおきていることと、人間として経験していることとは、ある意味たいして違わないのかもしれない。

Deepchordのモコモコした単調な雑音脈には、静かな衝動を呼び覚ます力がある。表立ったあからさまな形でのセクシュアリティはないが、ミクロレベルのエロティシズムとでも呼べるものがある。総体としての人として自覚できる反応はないのだが、一つ一つの細胞はこのパルスに刺激され、活性化されているのかもしれない。
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Eluvium - Nightmare Ending [Artist D-F]

背景に完全に溶け込んでしまう「背景音」から、
聞き手に明確に聞き取らせる「音楽」までをレンジと見立てると、
背景からは浮かび上がるのだが、
聞き手に意識させる前後を行ったり来たりする音。

しかし意識に引っかかりだすあたりが、
情緒的なところというのは、Eluviumならではなのか、
一般的なことなのか。

この音を通して引き上げられてくる気分が、
過去のものであれ、今のものであれ、
どれもメランコリックな彩りを帯びているのは、
音の影響なのか、それとも「呼びさまされる」という
行為自体が引き起こす作用なのか。

言えることは、ざわめく幾層もの音のじゅうたんと、
端正なピアノ音の空間の中にいると、
そんなささいな心の動き一つ一つにまで、
意識が集中することだ。

それ以上は聞き手に近づいてこない音は、
また背景の中に戻っていくように遠のいていく。
覚醒しているのは自分の意識であり、
Eluviumは時にその面前に現れ、
またすーっと姿を消す。
押しては引く繰り返し。

私たちは大きな記憶の「穴」を持っている。
大きさや底までの深さはよくわからない。
恐る恐る覗き込んでみると、
中には、生まれてから今までの、
いろんな気分や、イメージや、感情がぼやっと見える。
なんとなく引き上げるのは怖い。
いつでも引き上げられるのだけれども、
引き上げることで引き起こされる感情的な動揺を、
ちゃんと受け止めることができないことを、
本能的に知っている。
だから私たちは
覗き込む以上のことをしようとはしない。

Eluviumの音は、
そのぼやっとした、
底の見えない穴の中に垂れ下がる小さな糸のようだ。
一つ一つの音につながれた、記憶をたどる糸。
あるかないかわからないくらいの細い糸。
その細さは、穴から引き上げることのうしろめたさを象徴するように、
ちょっとでも強く引っ張れば、切れるようになっている。

私たちが深い意識に触れたい感じは、
Eluviumの音の細さぐらいのものなのだろう。

静かな妄想の時間を過ごす中で、
記憶の穴の中にある触れたくないものの存在を、
ちょっとずつ引き上げては、確認する。
それがいかようにもしがたく存在していることに
戦慄を覚えながら、
またそっと元に戻す。

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Deerhunter - Monomania [Artist D-F]

ロックバンドが奏でる音、すなわちロックミュージックと、その聞き手の関係はひとつのコミュニティを形成する。それは「ヘビーメタル」「パンク」など、便宜的に作られた区分だけでなく、「どのカテゴリにも属さない」「前衛的な美しさ」といった概念上やバンドの姿勢といったくくりを含めて形成されていき、そのコミュニティ自体がひとつの存在意義を発信することとなる。

コミュニティというとなにやら組織的なものに聞こえるが、必ずしも集団的なくくりである必要はなく、自分の頭の中だけの整理であってもよい。どんなロックの聞き手の中にも、分類や思想の「枠」みたいなものがあって、特定のバンドや音はそのどこかに収まる、そんな感じだ。

Deerhunterはいわゆるアウトロー的な「どこにも属さない」感を漂わせつつ、常に聞き手を挑発し、既成のカテゴリのあり方や整理の仕方を挑発してくるところがあるバンドだ。そもそも「オルタナティブ」と彼らのことを呼ぼうとすると、そもそもメインストリームとはなにか、オルタナティブのほうが今でははるかにロックという考え方においてはメインストリームなのではないかといった、カテゴリ分けの根本的な矛盾に改めて向き合わされることになる。

Monomaniaも、それなりに収まる場所はある。音的な特徴や、作品の意図などから、人それぞれの好みと都合で整理しておくことができる。ちなみに筆者にとっては、もう好みど真ん中の、あらゆる言葉で肯定したくなるこれぞロック的な音のメインカテゴリに入る。まあ、それを言ってもしかたないので、冷静に語らねばと思うのだが、そもそもロックとは嗜好性と理性の垣根を取っ払って、人の心に巣食ってしまう力をもつものだ。

ロックのカテゴリ化とは別の言い方をすれば、聞き手の思考法そのものを形成・増幅・強化するプロセスとも言える。そういう意味でMonomaniaは、ものすごい力でロックのカテゴリ化を揺さぶる作品だ。

雑然とした中に、適度な焦燥感といいかげんさのバランスを備えたインテリジェントな振る舞い。

言葉にするとそんな感じで、そのスタンスこそ、今一番シンパシーを感じる思考スタイルだといえる。全体はそんな感じで流れていくのだが、状況が一変するのが、作品タイトルにもなっているMonomaniaという曲においてだ。普通に始まる楽曲の途中から徐々に音が変質していき、曲の構成や楽器音の輪郭を壊してどんどんと一つの巨大な「異音」としかいいようのない異様な音響空間へと突き進んでいく。幸福な視聴体験をしていたはずが、見る見るうちにそれが崩れていき、これはもはや聞いているのか、それともただ耐えているだけなのかわからなくなるくらい、思考が完全麻痺状態になってくる。それまで安住していた自分のカテゴリの壁が次々となぎ倒されていく。

「思考の枠」のようなものから徹底的にフリーでありたい。
DeerhunterのMonomaniaからは彼らのそういう意思が感じ取れる。もちろん、それ自体がひとつの「思考の枠」としてカテゴライズされるおそれはあるものの、視聴経験がもたらす、一種の「思考麻痺状態」は、思考の縛りからわれわれを解放してくれる非常に挑戦的な試みだと思う。

なぜこうも思考のしがらみから抜けようとするのか。その先にまだ「考えることもできない」未知の体験があると思わせてくれる。そんな可能性を彼らの音楽から感じることができる。
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Jakob Dylan - Seeing Things [Artist D-F]

Evil Is Alive And Well(悪は元気に存在する)。
毎日、秋葉原を通って通勤する身としては、先日の無差別殺戮はひとごとではありませんでした。もちろん、ただ身近に恐怖を感じるということではなく、山と花が積まれた献花台の前を通るたびに、叫び声や血のにおいや悪霊のただならぬ気配を感じて、わきあがる涙をこらえることができるなくなるのでした。

きっとこの世は無常で無慈悲で絶望に満ちているのだ。そんな諦観を持ってしか明日を生きていけない。この場を通るたびに、残されたわたしたちは途方にくれる。

Jakob Dylanはそんな無常観を情感たっぷりに表現してしまう。歌の内容がどうのではなく、音の響き、声の質がそのままこころの深いところに染み込んでしまう。ギター一本と歌があれば、ぼくたちは生きていくことができるんだ。もちろん死んでしまうことだって。どっちだって同じなんだ。そんなことをいちいちきにしていることはない。今日も車は突っ込んでくるし、ナイフは刺さってくる。生きようが死のうが、Jakobの歌がそのときあたりにこだましているのだ。
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Fleet Foxes - Fleet Foxes [Artist D-F]

60年代のフォーク、サイケを髣髴とさせるサウンドは、しかし、妙な透明感に溢れている。ドロドロしたものやベタベタしたもののない、純粋に音としての響きにフォーカスをあてている。もちろんそんなアプローチも決して新しいものではないが、ゴスペル的といってもいいストイシズムが面白い味わいを生み出している。考えてみればBeach Boysコーラスはゴスペルだ。ハーモニーへの執着心は求道的なのだ。Fleet Foxesの場合はその中身をからっぽにして、低姿勢だけを持ち込んでいる。そうすることで、リサイクルの新しいあり方を提示している。

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Ali Farka Toure - Savane [Artist D-F]

アフリカアメリカが繋がる。
ブルースとアフロ。
骨太で根源的。
Aliの声は
距離を超え、
時間を超え、
文化を超える。
もともとルーツが同じとはいえ、
ルーツそのものを感じさせる貴重な音。
この音を残してAli Farka Toureは土へと消えた。
たぶん、生きているときから、
土地と同化したような感じで
音楽を奏でていたに違いない。
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Neil Diamond - Home Before Dark [Artist D-F]

激しくは決してないし、かといってかっこつけたクールでもない。
簡素な音のつくりの上で、情感がじんわりとにじみ出てくる、そんな感じのサウンド

通常のロックの鑑賞法を超えている。
まるでクラシックを聞くようにゆったりと構えながら、
エネルギーが顕在化することなく、無意識下で静かに煮えていく。

Neil Diamondの声はこんなにしっくりくるものだったかと思うほど、味わいが堂に入っている。かつては違和感がひとつのシンボルとして唯一性を主張していたけれども、表情で魅せるようになってきている。そうか、年代とともに、このように味が出てくるんだ。まるでウィスキーのよう。

歳は取るもんじゃないんだなあ。
歳は醸成されていくものなんだ。
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The Daysleepers - Drowned In A Sea Of Sound [Artist D-F]

やっぱり音楽も進化論だと思う。

The Daysleepers
聞いたことがある。
シューゲーザー。
90年代初期のノイジーでドリーミーなロックサウンド
焼き直し?
何度目のリバイバル?

いや、これは3代目か4代目。
強い遺伝子が生き残る淘汰のルールの中で、
消えることなく引き継がれてきた子孫なのだ。

突然変異か、意図的か。
そのときそのときで新しい音楽が生まれる。
新しいからいいというものではなく、
古いから悪いというわけではない。
支持されるもの、
多く聞かれるもの、
影響を与えるものが生き残り、
そうではない音は消えていく。

このサウンドは、
確実に20年近く引き継がれてきた
優性遺伝子なのだ。

世代を重ねるにつれ、
強くなり、
洗練され、
美しくなっていく。

もちろんすべてがいい方向ばかりではない。
進化のうねりは止まることなく、
受け継がれた世代にも変化を促す。
少しずつ、いいものはよりよく、
わるいものは容赦なく淘汰されていく。

The Daysleepersは2008年に、
2008年なりの突然変異を起こしている。
表現するとすれば、
「しなやかさ」だろうか

マイナスの心理や、
衝動的な歪などに左右されることの多かった
旧世代の音に対して、
感情域からやや距離をおき、
音そのものの持つ伸びやかさに
期待を寄せた音作り。

抜けのよいノイズ。
言葉にすると矛盾したことを実現している。
少なくとも実現する方向へ向かう音。

筆者には、ぴたりとくる。
いま、この音だと思う。

果たして次世代に受け継げられるのか。
筆者もろとも消えてしまうのか。

淘汰の神のみぞ知る。

しばしの生命の謳歌。
はかなさも、またよしなのだ。

タイトルの通り、わたしたちは生命の音の海の中で、
溺れているのだから。

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Distant System - Spiral Empire [Artist D-F]

宇宙がどんな音なのか。
宇宙はどんな音で表現できるのか。
むかしから惑星や星や月など、
夜空を見上げながら空想をめぐらせ、
音を夢想してきたけれども、
結局のところはわからない。
たぶん、何も音はない。
だって空気はないのだから、
チリの振動も、
隕石の衝突も、
X線のパルスも、
わたしたちの鼓膜を動かすことはない。
わたしたちは漆黒の闇の中で
漆黒の沈黙に直面し、
言葉も意識も失うのだ。

Distant Systemに広がる宇宙も、本物ではない。
勝手に空想し、
勝手に創造した、
わたしたちの頭の中の宇宙音。

比較的控えめで、
こじんまりして、
適度なパルスは、
わたしたちの心拍に近い。

遠くてわからない宇宙は、
わたしたちのからだの中で、
近くて親しみやすいサウンドとして、
取り込まれていく。

音がないからこそ、
音ぐらいは征服したいのだ。
この途方もない相手について。

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Foxboro Hot Tubs - Stop Drop And Roll [Artist D-F]

窮屈な世の中になったのか、
自由で何でもありになったのか。
覆面プロジェクトで、
ストレートな60sロックンロールをやっているのは、
Green Day。

あまりにシンプルで正直すぎると、
本名でやるのが居心地悪くなるのだろうか。
期待されるイメージと、
維持したいバンド・ポリシー。
自由な音楽的衝動が制限されてしまう。
ほんとうはいろんなことをやりたいのに。

Foxboro Hot Tubsという舌を噛むややこしいネーミングに、
彼らのシチュエーションに対する皮肉と、
自虐的なジョークを感じる。

まずは前段がいるのだ。

さて、で、なにやるか?

The WhoのSubstitute、My GenerationやThe KinksのYou Really Got Meなどのまんまは、はっきりいって、快感。もちろん単純ファンにとっては、ああ、と脱力するのだけれども、そこはFoxoboro流の現代的な落とし方。まんまをわずかにずらしたメロディの設定の仕方に、したたかな「粋」を感じてニヤリと安心するのだ。

覆面じゃないとできないシンプルなロック
メロディをずらさないとできない定番カバー。

本作の存在そのものが、皮肉な現代を体現する。
だからこそ、浮かれながらも
したたかにロック的必然を体感できるのだ。

生まれるべきして生まれた作品。

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