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Olafur Arnalds - For Now I Am Winter [Artist A-C]

しばらく前のことだが、今はもうなくなってしまった
あるイベントスペースの空間音楽を担当していた。
担当していたといっても、お金をもらっていたわけではなく、
またそのスペースも営利目的で営業していたわけではなかった。
そういう場に流す音楽の著作権の問題なども、
本当はあったのだろうけれど、
ごくごくプライベートな空間だったので、
まあいいかな、という感じでいた。

真っ白なつくりで、外光がスリット越しに刻み込むように刺してくる
凛とした空間だった。

そこでよくかけていたのがOlafur Arnaldsだった。
アイスランドの若い音楽家という以上の情報がなく、
おそらく誰も知らないだろうということが、
なかば安心材料だったのだけれども、
何よりもイベントスペースにもかかわらず、
人を寄せ付けない雰囲気を持った真っ白な空間に
とても合っていたのだ。

現代音楽のような弦楽器の響き、
電子音やノイズ、
か細いボーカル、
人を落ち着かせるようでいて、
心のどこかに不安定感を与える。

場所に合っていたというより、
そこに来る人たちに対して、
そういう攻撃を仕掛けたかった
自分の意図だったといった方が正しい。

そのスペースにあまり多くの人が来ることはなく、
ほどなくして閉鎖されることになった。

その他にも、とてもまじめな会議、
例えば株主総会といったような場の
開会前に流す音楽としても、
Olafurを使ったりした。

おそらく集まっている人たちにとって
もっとも縁遠い、遠いアイスランドの若者が作る
辺境の音楽。

誰も聞いていないことも、
それが何の意味もないことがわかっていながら、
そういうことをしたくてしかたなかった。

これらは、裏方にいる変人の自己満足でしかなかったのだけれども、
この音楽に、「静かな攻撃性」が宿っていることは確かだ。

したり顔の何かに対して、
あからさまな抵抗や迎合をするのではなく、
たたずまいの中に動かしがたい意志を示すこと。

じっとしているがゆえに気づくことは少ない。
だけれども、そんな中にこそ、本当の力が宿っている。
自分がここまでやってこれたのも、
そんな力に支えられてきたゆえなのだろう。

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Black Rebel Motorcycle Club - Specter At The Feast [Artist A-C]

実はいまアメリカに住んでいる。
アメリカに住むということは車に乗るということを意味する。
実際、通勤で毎日60マイル(=約100km)走る。
ハイウェイを走るのだが、そんなイメージするほどかっこいいものではない。
単調な道を単調にただひたすら走る。
片道40分、往復で80分。
車内は完全なリスニングルーム。
往復でこのSpecter At The Feastが聞けて、ちょっとおつりがくる。
つまり再度大音量でRivalあたりをかけて家につくことができる。

これをいうと本人たちは苦笑いするだろうけれども、名前の通りなのだ。
あまりにそのままなのだが、ドライブにはまるのだ。

とはいっても暴走を促すわけではない。
周りを見ていると、ときどき車内で大声で歌いながら(聞こえてこないが口の動きでわかる)、
めちゃくちゃな車線変更をする車がいたりするが、そんな風にはならない。
まあ性格的におとなしいのもあるとは思うが、
この音楽が「切れる」方向に作用するわけではない。

むしろ不思議なのだが、周りの車が止まって見えるのだ。

これは発見したことなのだが、5車線ぐらいのハイウェイを、
同じ方向に向かって何台もの車が同じ速度で並んで走っていると、
みんな止まって見える。
いや、言われてみれば当たり前なのだけど、運転中は、普通はそんな風には考えない。
「うわ、周りの車が止まっている!」
というようなことを、B.R.M.C.の音の中にいるとふと思ったりするのだ。

彼らの音楽が一種の麻痺を引き起こすのだと思う。
爆音は一種の麻酔作用を持つ。
そこに輪をかけて魅惑的な音響装飾がかぶさってくるので、
実際にかなりヤバイ状態になっていると思う。

とはいっても別の意味では覚醒していて、
車列の間を通り抜けてくる白い車線をじっと見つめていると、
B.R.M.C.の音楽の奥底に潜む生温かさの正体を感じる。

ロックは基本的に甘ったれている。
時に高度な政治性や芸術的な革新性を発揮したりするが、
だからといって経済学の新理論や、物理現象の解明などとは異なる。
つまり理性や熟考を通して獲得する人類の英知というものではなく、
もっと直観的で、感覚的で、情緒な作用を通して、
人に、その総和としての社会に影響を及ぼす。
理論に頼らない分、言い訳もあいまいさも内包したままで、存在することができる。
大きな音のひずみや轟音には、人を突き動かす力とともに、
発信者の大いなるわがままもそっくり含まれているのだ。

そんな甘ったれの音楽がなぜこれほどの力を持つのか。
私たちは、こんな甘ったれになぜこれほど惹かれてしまうのか。

明らかに甘々のギターフレーズの洪水の中、
これまたほとんど素面では言えないような
「Lose Yourself(自分を見失いなさい)」
という決め台詞で迫られたときに、
なぜかそれを笑い飛ばすことができない。
それをやり過ごすことができない。

それは、この音の前になすがままの状態で触れたとき、
何かの縛りがほどけていき、
少しだけ楽に息ができるようになってくるのを、
確かな手ごたえとして感じるからだ。

こみあげてくるものをハンドルをぐっと握りしめながら抑え、
止まったままの車列の一群が向かう、
ゆるやかなカーブの先の消失点をじっと見つめる。
その瞬間、そこはハイウェイではなく、天空に変わっている。

甘ったれにしか救えないものがあるのだ、この世の中には。
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Everything's Not Lost - Coldplay [Artist A-C]

被災地で不安な日々を送っている方へ
まだどこかで救助を待っている方へ
懸命に救助を、手当てを、お手伝いをされている方へ
致死量に近い放射線の中で、命をかけて格闘している方へ
この国の人たちの命を、この国の未来を考えて活動している人たちへ

わたしたちにできるのは、今は祈ることしかありません。
でも、まだ全ては失われていないと信じています。

全てが失われることはないのだと。
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Beady Belle - Belvedere [Artist A-C]

清涼感のある通りのいい声で歌われる、シックかつベーシックなラウンジサウンド。スライドギターがくねくねと動きながら、クールなハーモニーが静かに流れていく冒頭のApron Stringsをかけたとたんに、魔法にかかる。気取りすぎず、流行に走りすぎず、ジャズやブルースを謙虚に取り入れる姿勢はとても好感が持てる。本当のリラックスは知的で教養豊かな良識人のサービスから生まれるのだと実感。
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Coldplay - Viva La Vida Or Death And All His Friends [Artist A-C]

Coldplayの新譜は
しばらく前からずっと事件です。
もちろん全世界の音楽シーンにとっても
そうなのですが
一個人としても
明日を生きるか死ぬかの
瀬戸際にかかわる問題であったりするのです。

何で音楽の新譜の一枚が
そんなに大事なのかと
お思いでしょうが、
これはもうなんというか、
依存しているからというしかないのでしょうか。

たとえば、自分があと何年生きるのか
何ヶ月生きるのか
何日生きるのか
そんなことはだれもわからないのですが、
きっとColdplayを聞かなかったら
かなりその日時がずれてしまう。
確実にずれてしまうだろう。
それくらい毎日に影響を及ぼしてしまう。
そんな感じでしょうか。

勝手に命を預けられてしまうColdplayも
たまったものではないでしょうが、
このバンドのすごいところは、
大真面目にそれを受け止め、
大真面目にそれに答えようとし続けるところです。

そんな無茶な、
やめときゃいいのに。
どんな賢いバンドも気づき、考え、実践することを、
このバンドはしない。

どうでもいい聞き手の勝手なわがままに耳を傾け、
何とかなるような、何とかしようとするような
そんな歌を曲を作り続ける。

そんなことで何も解決しないことは、
彼らではなくて、
望んでいるぼくたち自身がいちばんわかっているのに、
裏切るのは、他でもないぼくたちのほうなのに、
それでも愚直に、
何も言わずに彼らは音楽を届け続ける。

やっぱり
涙が止まらない。
ぜんぜん解決の涙ではない。
救いの涙ではない。
Coldplayなんて何もしてくれない。
ぼくたちの毎日なんて、
何も変わらない。
ただどうにもならないことを泣いているだけなのに、
すべてのはけ口をColdplayにぶつけているだけなのに。

そうしていられる場所が、
ほとんどなくなってしまった。
そうしていることが、
ほとんど許されなくなった。

かつては
ママのひざの上で泣いた。
でもママは家を出て、
自分の夢を探しに出かけた。

かつては
パパの腕の中で眠りについた。
でもパパはリストラにあって、
飲み歩いて家になんかいない。

かつては
取っ組み合いのけんかをした後に、
一緒に傷を洗いあった。
でも今は腕をつかむ前に、
「死ね」の言葉に刺されてしまう。

Coldplayをいつまでぼくたちは必要とするのだろう。

皮肉だけれども、Coldplayを卒業するときに
世の中はもっとよくなっているのかもしれない。

Coldplayのほんとうにえらいところは、
そんなこともとうの最初からわかっているところです。

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Alphabeat - Alphabeat [Artist A-C]

ポップスの定石
メリハリの利いた、
はっきりした音。
男女の健康的で、
濁りのない元気な
デュアルリードボーカル。

わざとらしさがなくて、
大人びたいやらしさもない。
子供の純真な遊びそのままに、
カラフルなブロックを
積み上げていくような単純さ。

それでもどこかに遊びではない
地に足ついた冷静な展開が見え、
素通りできない。

過去のレパートリーをなぞっているようで、
その実、特定の時代やアーティストに帰属できない。
計算が計算にならずに純真に響くのは、
ポップスの世界に対する謙虚な研究心と、
遊びの本質に対する深い愛情があるがゆえなのだろう。

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The Charlatans - You Cross My Path [Artist A-C]

決して新しい音ではないけれども、
決して時代を輝かせる音ではないけれども、
決して旬の音ではないけれども。

The Charlatansの新作が無料ダウンロードとなったときも、Radioheadほどの話題にはならなかった。その試み以前に、音としてのインパクトが効いていないことが、長年のファンとしてはさびしい。

90年代から活動するバンドにとって、2008年の空気はどういうものなのだろう。何度もバンドブームがおきて、新たな若者たちがむかしのネタをパクリながらも、勢いでシーンを席巻していくさまを眺める。もちろん、自分たちもかつてはそういう若気の至りでやっていた時期もあったけれども、変わらずに活動する自分たちを、何度も何度も振り返りながらやってきたに違いない。

いわば自問自答が詰まったアルバム。

無料で解放するところにも、
果たして今の自分たちにいかほどの価値があるのか、
改めて世に問いたい。
そんな、素直な気持ちがうかがえる。

悩みながらも、
続けていくしかない。
価値があっても、
価値がなくても、
自分たちではどうしようもない。
自分たちにできるのは、
自問自答の果てに出てくる音を鳴らしていくだけ。

ぐるぐると思考の輪をくぐりぬけてきた音は、
変な角が取れ、穏やかな様相で、普通に鳴っている。

そのきわめて自然な音に触れていると、
様々な妄想の垢が、からだからはがれていくような
不思議な洗浄感に満たされていく。

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Elvis Costello And The Imposters - Momofuku [Artist A-C]

このブログも記事数が900を超えました。
あまり公開したことはないのですが、
現在、毎日1500くらいのヴューがあり、累計で42万ヴューほどです。
多いか少ないかは別として、毎日確実に上がっていくカウンターを眺めていると、繋がっているという実感と、繋がり続けなければという責任を感じます。

いつも誰かが訪れて、読んで、何かを感じている。
そのリアル感だけのためかもしれません、続けているのは。

音楽を作るのも似たような思いからなのかもしれません。
誰かがどこかで聞いている。
誰かが何かを感じている。

何をいまさらという気もしますが、
30年以上たっても、熱い音楽を作り続けるElvis Costelloを聞いていると、その「いまさら」の気持ちに向き合います。

まったく衰えることのない、刺激とアイデアと楽しみに満ちた新鮮な楽曲の中心には、揺らぐことのないズシリとした核の存在を感じます。彼の創作の源であり、感情の原点であり、たぶん命そのもの。確実にその重みを聞き手の中に想起させる音楽の力は唯一無二です。体中に広がる「Elvis Costelloエキス」は、もう何年も何年も、聞き手を奮い立たせ、泣かせ、何よりも生かしてきました。そう、生かしてきた。Elvis Costelloがなければ、死んでいる人がたくさんいたのです。

デジタルサウンド時代になって、レコードのように「擦り切れるまで聞く」ということはなくなりましたが、彼のサウンドは、今でも聞き手との間に擦り切れるほど生々しい関係を生じさせます。この擦り切れるリアリティを感じさせてくれる音楽は実はほんとうに少ないのです。

書くことがだんだん難しくなってきて、
生きることももしかして大変になってきているのかもしれない。
だからこそ、改めてこの場所を見つめなおしたい。
擦り切れる音楽に触発されて、
擦り切れる文章が生まれ、
ヒリヒリしたリアリティが立ち登るようになれば。

いつの日か。
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Cut Copy - In Ghost Colours [Artist A-C]

キーボードの音色はともかく、
この飛び跳ねるような祝祭っぽいノリは、
なかなか再現できるものではない。
このあたりは、80年代のMTV隆盛期そのまんま。

筆者の場合は、映りの悪いTVKで金曜日の夜に
SONY Music TVとして流れていたビデオクリップを
ありがたがって拝んでいた時期。

洋楽が洋楽として珍しくて、鮮度があって
ウキウキ感を演出してくれた。
音楽がメディアを超えて広がっていく、
その前線のフロンティア感が刺激的だった。

欧米の人たちにとってどうであったかは
定かではないけれども、
Cut Copyはオーストラリア出身。
なんとなくだけれども、
何かが開拓されていく印象は
同じだったのではないか。

軽い電子音には、
ファンファーレのような響きがあり、
抜けのよいボーカルには、
自由を謳歌するさわやかさがある。

それは年代を超えて、今の世代にも方法論として受け継がれているのだろう。ビデオクリップなんて何も珍しくなく、聞いたことのないアーティストがあってもぜんぜん不思議ではなくて、見たいものは即座に何でも見れるようになったけれども、「音」が持つ高揚感だけはむかしのまま。

考えてみれば、すごいことだと思う。

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The Cure - The Only One [Artist A-C]

ベッドにうつ伏せで横たわる彼を、
彼女はじっと眺める。
放心状態で身動きしないカラダは、
魚屋に並ぶはまちみたいだし、
床に放り投げたランドセルみたい。

思わず吹きだすと、
気づいた彼が体を起こす。
ベッドの脇に腰を下ろして、
彼女に向かって顔を上げる。
そのときの彼の顔ときたら・・

The Cureの新譜を繰り返し繰り返し聞く。
繰り返し
繰り返し
繰り返し

執拗にエコーがかかり、
何回も何回も
Robert Smithの声が
かぶさってくる。

それは何回も何回もかぶさりあった、
昨日の夜の蜃気楼なのかもしれない。

ぐしゃぐしゃに
くしゃくしゃに
丸めた紙のような
ポップサウンド。

すごくすきだ
すごくすきだ
すごくすきだ
きみがぼくの頭にしてくれること
きみがぼくの心にしてくれること
きみがぼくの唇にしてくれること
きみがぼくの肌にしてくれること
きみがぼくの骨にしてくれること

真っ直ぐで
真四角で
真っ白な紙が
必ずしも
美しいわけじゃない。

「えっ、なにその顔?」
そんな顔を彼女は見たことがなかった。
「そんな顔するんだあ・・」
「なに?どんな顔?」
「え、ボーっとした顔」
「・・・」
「なんだろう。
 うまくいえないんだけど、
 すごくいい顔。
 ステキな顔。
 何も考えていないんだけど、
 普段の何も考えていない顔とも違うの。
 すごく無防備で、無意識で、目が違うの。
 きっと小さい頃は、
 こういう顔していたんだろうなあっていう顔」

それこそボーっとしながら、
いったいどんな顔をしているのだろうと
不思議がる彼。

「ああ、変わっていっちゃう・・」
「え?」
「普通になっていっちゃうよ、消えていく」
「だって、何もしていないよ。
 なんで?
 なにが?」
「わからない。
 でも、ああ、戻っちゃった・・」

The Cureが鳴らす音は、
ときどき見たことのない魔法をおこす。
至福というものがあるとするならば、
そんな一瞬かもと思える、通り過ぎた瞬間に
あ、今のだったかもと思う。
そんな音。

彼がまだ5歳の少年のころ、
夕日を見ながらブランコに乗りながら、
今がいちばん人生で楽しいんだと思ったことがあった。

彼女が見たのは、ほんとうにそのときの顔だったのかもしれない。

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