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GAS - Rausc [Artist G-I]

シンガポールに来ている。
先週、初の米朝首脳会談があったばかりで、ネタとして「米朝クッキー」でもお土産に買おうと思ったが、そんなものはおろか、会談があったことを示す痕跡のかけらもなかった。現地の人に聞いても、そんなことがあったね、という感じ。

帰りの空港へ向かうタクシーの運転手も笑いながら「間抜けな二人の客人」のために大金を投じた政府を皮肉っていた。もっともシンガポールの治安の良さは世界に知れ渡ったとも。これをビジネスにするべきだね、と応じた。

シンガポールでタクシーの免許を取るのは大変かと聞いたら、シンガポール人なら誰でも取れると言った。
ただ当局から指導を受けることが多く、それはタクシー運転手が「国のアンバサダー」だとされているからなのだそうだ。「みんな空港に着いてはじめて出会うものがタクシーだからね。そのドライバーの印象が悪いと、せっかくの旅行が全部パーだ。」
なるほど、まったく同感。
到着の高揚感をなんどかぶち壊されたことに思い至る。
さすがに世界のハブシティだ。

といいつつ、ホテルのテレビチャネルでロシアワールドカップがまったく放送されていないのはどういうことだ?
こういうところだけ自国事情なのだろうか(シンガポール代表はあまり強くない)。
街中でも、旗やグッズや(飲食店などでの)インストアビューイングを見かけない。

交差点ゆえに何事に対してもニュートラル、ということなのかな。

Rauschというのはドイツ語で陶酔という意味なのだそうだ。
世界ランク1位のドイツが初戦でメキシコに負けて、陶酔から冷や水を浴びさせられた、といったところか。

綿々と続く低音パルスは、陶酔時にやたらと意識してしまうドクンドクンという血脈であり、鼓動。
聞き手のアタマやカラダに静かに進入してくる生命体のよう。

歳をとると移動や時差がこたえ、旅の高揚感はほとんどない。
ぞれでもGASを聞ききながら楽しく時を過ごす。

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Jon Hopkins - Singularity [Artist G-I]

2045年のシンギュラリティは、人類を解放するすばらしい概念だと思う。
警鐘や危機感で語られることが多いが、楽観的ではなく、むしろ悲観的な観点からこそ評価されるものではないか。
核の脅威、環境問題、食糧問題、テロ、人種差別。
現代のわれわれが直面する、誰が見てもおかしいとわかる問題に対して、解決ではなく、むしろ悪化する方向に推し進めている人類の有様は、そのまま崩壊・滅亡という結末を迎えるのではなく、別次元の知性に取って代わられる。
自分たちのコントロール不能な巨大なエゴによって地球もろとも滅ばせるよりは、平和裏に覇権を明け渡す、しかも自分たちの手で、自分たちの欲望のために仕立て上げたテクノロジーによって自動的に実現させる。
皮肉に満ちたSFの筋書きのようであるが、矛盾の塊である得体の知れない生物の自然消滅シナリオとしてはこれ以上ないくらいのハッピーエンディングだ。

もっともその前に、すなわち不可逆地点到達目前の人類の悪あがき:最後の覇権争い、正義の戦い、リセットボタン論争、はきっと目を覆いたくなるような混乱になるだろうし、もしかして地球はそのためにやはり滅亡してしまうかもしれない。

などなどは、本作で設定されているテーマではないし、あからさまにガチガチに主義主張で塗り固めるのがこの人のやり方でもない。ある部分ではそれを想起させる意図はあるものの、音楽は音楽として思想や概念とは独立している。聞き手がどのようにそれを聞き、何を夢想するか。
それらはオープンにむしろ広がるようになっているものであり、さもなければ音楽などという抽象的な方法論をそもそも取るはずがない。

それでもメカニカルとフィジカルは融和するのか対立するのか、複層的な音の渦の中から普遍的な問いとして浮かび上がり、荘厳なコーラスがより一層コントラストを高めて深く内面に刺さってくる。

ひとつの印象や感情に帰着せずに、浮遊感を維持したままアタマの中で、カラダの中で反響し、刺激し、やがては沈静していく。

だれも考えたことがない未来が提示されたからこそ、うまれた音楽ではないかと思う。

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GoGo Penguin - A Humdrum Star [Artist G-I]

DTMやエレクトロニカなど幅広い影響を自他共に認めるも、3ピースというフィジカル/リアルなセットアップへの強烈なこだわりと覚悟を感じさせる。対立概念としてのアナログサウンドを確立しようだとか、デジタルを自らの演奏テクニックを通して制覇しようといった野心がそこにあるわけではなく、ただ自分たちのセットアップによる音楽性や演奏体験を高めようと格闘している。
その潔さは凛としてかっこいい。

ロックがもはやかっこよくなく、あまたのエレクトロニカスタイルやヒップホップさえもある種の「キレ」を失いつつあるのは、それらのフォーマットがあらかじめ備えていた先鋭性が、消費されるとともに償却されていく性質を持っているからだ。また、聞き手/チャネルの多様化によって、小規模でも各フォーマットの支持基盤が安定化したがゆえに、自らのスタイルが磨耗することに自覚的なアーティストが少なくなってきているからだ。

GoGo Penguinがかっこよさを維持できているのは、ジャズというフォーマットの崩壊危機感を自覚しつつ、そこにしか自分たちが存在し得ないという矛盾をもろとも引き受けているからだ。

安穏とした瞬間からそのスタイルは確立してしまう。
4作続けて進化と純化を両立するかのような新鮮味を聞かせてくれるのは驚異的。
その探求の旅がどこまで続くのか、まさにハラハラドキドキだ。

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Girlpool - Powerplant [Artist G-I]

「絆」という言葉の周辺に漂う押し付けがましさ。
大量生産され、大量消費される中で、知らず知らずのうちに形成されたコミュニケーションに対する過剰評価と、そのことを否定することができにくい排他的な雰囲気。
マイノリティがどれだけ注目されようと、それがあくまで「マジョリティ」側から見た相対化の枠組みの中で語られる限りは、いつまでたっても、その人の居心地の悪さは変わらない。「マイノリティ」とは、規定され、区別される特定の集団ではなくて、私たち一人ひとりのことに他ならないのに。ふと自分に立ち返るとき、まわりのだれもが同じように立ち返る「殻」をもつ、孤独な存在にしかすぎないと気づくこと。
そこが出発点のはずなのに。

おそらくそんなミニマルでパーソナルな個と個の関係を基点としてGirlpoolは始まったのだろう。二人の関係とて、ベタベタした表層的なものではなく、傷つけあい、わかり得なさに直面しつつも、ぶつかりあう「個」の生々しさの感覚を求めて共にいるような。

そんな緊張感とも親密感ともいえない微妙な関係から生み出されるものが音楽だった。
ぶつかり合いの持って行き先として音楽しかなかったのだろう。

抑制の効いたささやくようなハーモニーは、二人の距離感として必然で、時にきりきりと歪みだすシンプルなギターサウンドは、周りが押し付けようとしてくる規格化や画一化された関係性に対抗する精一杯の自己宣言なのだ。

かような意味でのマイノリティのあり方を考えるとき、物理的にも、社会的にも、肉体的にも、すなわち実態的なものとして存在しない音楽に収斂していくことは、とても示唆に富むことではないだろうか。

「そこにいて。そのたいくつなどこかで、きってみつける」
と歌うStatic Somewhere。
間違いなくこの音の中にわたしたちはいる。

Karl Hyde - Edgeland [Artist G-I]

全体的にやわらかい音とやさしいメロディによる楽曲群だが、それらを貫く作品のテーマは決して軽いものではない。他の種類の音楽(特に大衆性をもったもの)との明快な違いは、ここに漂う独特の静けさだ。

ポップミュージックがもたらす高揚感は、送り手と聞き手との間に発生することがあらかじめ想定されていて、その「場」ともども音楽に内包されている。音楽が流れた瞬間に、送り手のイメージを浮かび上がらせ、その音楽に酔い、感動するたくさんの他の聞き手との間の巨大なつながりの存在を想起させ、それらもろとも含めて幸福な音楽体験を提供する。
「ああ、なんてよい音楽なんだ」
と感動するだけでなく、
「なんてこのアーティストはかっこいいんだ」
「こういう音楽のよい理解者の一人でよかった」
といった付随的な感情もすべてポップミュージックのパッケージの中には、含まれている。

対して、Edgelandは、形としての音やメロディはポップミュージックを倣っていたとしても、聞き手が受け取る印象はむしろ寒々しい。創作の起点になったところでもあるとのことだが、どこかに取り残された印象を受ける(Edgelandとはロンドン郊外のエリアのあたりのことを指しているらしい)。

Edgelandをひとことで表現するなら「周りに誰もいない感じ」だ。
これはEdgelandに限ったことではないが、創造的で優れた芸術的表現は、えてして「周りに誰もいない感じ」を与える。
それは単に創作者が「孤高の人」であるといったことではなく、また、難解さや非日常さが人を寄せ付けない感じを与えているのでもなく、もっと本質的な理由からだ。その表現に向かう表現者の動機と、その表現を求める鑑賞者の動機の根本に、それははじめから存在しているのだ。

廃墟を衰退や退廃の象徴として捉えているわけではなく、また廃材や荒涼とした景色をオブジェ的・テキスチャア的に表現の材料として捉えているわけでもない。もっとシンプルに、普段見落としがちな私たちの生活の一面、気づいていない日常の一面として捉えている。音がやさしいわりに、過度にセンチメンタルになっていないところにそれは現れている。

Karlにとって、ロンドン郊外の何もない、忘れられかけているEdgelandは、「普通に生活している自分」をむしろリアルに浮かび上がらせる背景のような役割を持っているのだろう。

Underworldの電子音が、現代社会の中で生きていくための装備や、生きていく有様を体現するものであるとするならば、Edgelandは、そのよろいの中にいる生身の人間の、「そのままの姿」の音なのだと思う。むき出しの姿を体現するために、電子音の対極にあるもとしてKarlの「声」がフォーカスされ、楽曲はすべてKarlの声を中心に構築されている。音も過度に武装しないよう、ひとつひとつが丁寧に選ばれ、節度を持って奏でられている。

Karlの声を通して伝わってくる、私たちの生身の日常。その周りには誰もいない、という認識が、当たり前のことのように染み込んでくる。この音からは他者との交わりを介した熱狂も、託すことのできるビッグドリームも湧き上がってこない。
ただそこに悲しさや悲壮感はなく、むしろある種の心の安定がある。「周りに誰もいない感じ」は敗北や忌避すべきものではなく、あまたの欲望や理想の果てにある、たどり着くべき到達点なのだろう。

優れた表現がなぜ孤独を伴うのか、なぜ優れた表現者とそれを求める鑑賞者がその点で繋がるのか、究極の逆説的運命だと思うが、誰も繋がることができない、わたしの周りには誰もいない、という認識が唯一、あなたとわたしとの間で「共有」できることだからだ。

Incognito - Tales From The Beach [Artist G-I]

職人芸を駆使した上質な調度品を愛でている気分にさせてくれる。プロが作るプロとしての誇りと、有無を言わせぬ説得力をもつサウンド。ファンクにしろ、ソウルにしろ、ジャズにしても突っ込む余地がなく、ただひたすらにクールな美学を完璧に演奏している。ある意味では人は近づけない。外界と途絶したショーケースの中で完結する箱庭サウンド。本当にかっこいい音は、さわらせない、真似されない、でもさわりたいと無性に思い起こさせるサウンド。Incognitoにはそんな手の届かないところにすぽっとはまっている実に幸福なバンドです。

John Hiatt - Same Old Man [Artist G-I]

もう書くのやめようかなあ
と思っていたときに
John Hiattを聞いた

うーーーーん
続けよう(笑)

変わっていく音楽
時代を象徴する音楽
人を動かしていく音楽
忘れられ消えていく音楽

音楽の大海原に飲み込まれ
アップアップの状態で
言葉も思考も
身体から抜けていくような
気がしていたときに
ただじっと静かに
Same Old Manを聞いた

そうか

そのためにこの音楽があるんだ

トラッドだ
フォークだ
いぶし銀だ
といった表現は
ぜんぜん意味を成さない

激しく上下する波の大洋で
何をジタバタしてるんだ
ぜんぶただの水じゃないの
H2Oだよ
塩が入っているかどうかなんて
関係ないよ
ぼくたちはもともと
海から生まれたんだよ

Hurt My Baby
誰かがぼくの彼女を傷つけたんだ

静かに流れていく旋律とJohnの声を通して
歌われなくてもじんわりと伝わってくる

「それはぼくなんだ」

そう
その気づき
その視点
そこにある安心感と
普遍性

なんで忘れてしまうんだろう

ぼくたちは放蕩息子

またおんなじことを繰り返し、
John Hiattに戻ってきて、
懐かしさの腕の中で
涙するんだよね。

Gemma Hayes - The Hollow Of Morning [Artist G-I]

夢から醒めたくない
どこからが夢で
どこからが夢じゃないのか
意識できるものはすべて
夢の中に押し込めてしまいたい
その夢が蒸発して
消えてしまうのなら
何の後悔もない

Gemma Hayesの本作を聞いたとき、
ここが夢の中心なのだと思った。
彼女のかすれた声は、
半分、蒸発しかかっている。
砂がこすれあうような微妙なサウンドは、
半分、消えかかっている。

それがただ
My Bloody ValentineやMazzy Starを
彷彿とさせるからではなくて

たとえMBVが17年ぶりのライブを行うからといって
夢が醒めるわけではない

こと




ここにずっといたい
この音の中に埋もれてしまいたい
この音の余韻の中に
消えてしまいたい

I Am Kloot - Play Moolah Rouge [Artist G-I]

ブルージーな中にも、コンテンポラリーなスピード感とエッジ感をもった、刺激的なサウンド。重いトーンの音色を、底から吹き上げるエネルギーの蒸気で軽く聞かてしまう。泣かせの味も、いにしえのJohn LennonやNeil Youngをうかがわせてグッとくる。ロック的表現の進化と深化を味わえる好盤。

John Lee Hooker - Don't Look Back [Artist G-I]

ブルースマンは頑固。
本当に融通が効かない。
かたくなにスタイルにこだわり続け、
ばかの一つ覚えのように、
それだけをやり続ける。

ジャズとか、
ソウルとか、
ロックとか、
気を利かせていろいろなことをやる人もいるけれども、本当の頑固者はそんなことはしない。そもそもジャズもロックも根っこは同じ。
「所詮ブルースじゃないか」
それが、彼らの言い分。

あまりに凝り固まっていて、
逆に言えば、他のことができない。
ギターのコードやフレーズを弾こうとしても、
きっと手が動かない。
もう、
芯まで染まってしまっている。

John Lee Hookerも
死ぬまで同じ。
何をやっても同じ。

97年の本作には、
Van Morrisonが全面参加。
敬愛を示し、
ソウルフルで力強いグルーヴを持ち込んでいるけれども、
そんなことはお構いなし。
というより、
やはり、
変えられない。

ドロンドロンで、
真っ黒で、
うごめく得体の知れない生き物。

John Lee Hookerに取り付いた不気味な音の生き物は、いつものように徘徊する。

それでも表現の中に豊かさがあるのは目を見張る。
しなやかで、
エロチックで、
センチメンタルで、
暴発的。

黒は黒でも、
グロスからマットまで、
漆黒から、
うっすらとピンクを帯びたものまで。
表情は多彩。

これだけの味わいを、
単純極まりない中から生み出すのは、
やはりただ事ではない。

一生涯、打ち込んで、
それでも会得できるかどうか。

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