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Bojan Gorisek - Erik Satie Complete Piano Works Volume 1 [Artist G-I]

人は高層階に住んでいると、頭が悪くなるのだそうです。
先日、設計事務所の建築士の方から聞きました。
「住まいによって、夫婦の仲とか、家族の関係とか変わるものじゃないんですか?」と質問したところ、その通りなのですよ、という流れで出てきた話。

もともとは、高層マンションに住んでいるペットの犬の様子がおかしいことから始まったそうです。方向感覚や嗅覚など、犬が本来持っている鋭い感覚が失われることがわかり、「もしかして、人間にも同じようなことが起きるのではないか」と研究されるようになった。子供の成績は、高層階ほど落ちる。つまり高層に住んでいる子供は頭が悪くなる、という研究成果があるのだそうです。

地上に住むこと。
土からの湿気や香りや温度を通して四季を感じ取る。地に足が着いている無意識の安心感。そんなことが情緒安定や知的成長に効いているのではないかといわれているそうです。

でも、
「高層階から遠くの景色を眺めることは、いいんじゃないですか?」
と聞いてみると、まったく何の意味もないと言われてしまいました。

あなたは信じますか?

さて、
サティ

19世紀末のEric Satieのピアノは、どこか高層階の雰囲気。
当時の音楽界の常識=「地上」から解き放たれ、自由な思考の風船に乗って、ふわふわと空の上を漂っている。聞かれるため/聞くための音楽ではなく、そこに空気のように存在する音楽。地上人からすれば、確かに「頭の悪い」音楽なのかもしれません。

バベルの塔はいつかは崩壊します。
しかし、それでも高いところへ、天へと登っていこうとする人間の本能には、何か前向きな意味合いがあるような気がしてなりません。

Eric Satieをいつまでも聞いていられるのは、澄んだ空気のまどろみの中に、まだ知覚したことのない知性の領域が開かれていくような気がするからです。それはただの空想、ただの退行なのかもしれません。しかし、期待の心地よさは、賭けてみたい誘惑となって私たちを突き動かす。答えはそう簡単には出ないのです。

もう少し、空の近くにいてもいいんじゃないかと思います。

「高層階の犬はヘリコプターの夢を見る」

Genghis Tron - Board Up The House [Artist G-I]

わー
やば
更新が遅れてしまって、日にちをかなりさば読まないといけなくなってしまった。一日一枚が、二枚二日になってしまってる。けれども一度、いいやと思うとどんどん崩れていってしまう。ごまかしてしまう。

過剰にヘビーなロックは、どこかごまかしているところがある。大きすぎる音、引き攣りすぎの叫び、大げさすぎるアレンジの中にかき消され、隠されてしまうものがある。執拗にラウドに暴れることで、見るべきものを見ず、考えるべきことを考えず、訴えなければいけないことを訴えない。

Genghis Tronのあからさまなヘビー具合は、どこかパロディを見るような自己批評性に満ちている。ヘビーであることの非合理性をちゃんと理解したうえで、非合理性も必要だと主張している。だから平気でエレクトロビートを入れるし、だから、ネチっこくならないし、飽きない。

通して聞くとかなり疲れるのですが、そう、フィットネスジムで負荷をかけたトレーニングをした後の開放感。のぼせた感じもGenghis Tronっぽい。

Christophe Goze - Turning Inside [Artist G-I]

なかなかアンビエント・ダウンテンポとジャズを合わせるのは難しい。そもそも定義からして没個性的で静的な前者に対して、自己表現を核とする後者とでは相容れない。Christophe Gozeは軽々とそれをやってのける。

厳密にはそれぞれを微妙に崩す形で。
主張を持ったアンビエント。
骨を抜かれたジャズ。
個々には成立し得ない状態を、
組み合わせることで補完させる。
巧みなアレンジです。

さて、4年に一度の2月29日。
とはいっても、
4年前の2月29日なんて覚えていない。
言うまでもなく、昨日と同じ一日だし、
明日も変わらない一日が来る。

しらけて過ごすか、
はしゃいで過ごすか、
これもどんな日であっても変わらない。
一日の終わりにちゃんと振り返っておきたい。

特別な日だからではなくて、
毎日を振り返りたい。

アンビエントであるはずの静けさが少し揺らぎ、
ジャズであるはずの存在感がかすむ。
微妙なニュアンスを含めて、確かめておきたい。
僕たちは動いているし、変わっているし、
実感することで生きている。

他愛のない文章の中にも、
今日の記録が刻み込まれている。
今日は今日で実に今日な一日だった。

Christophe Gozeの音楽が呼び覚ます、今日のたわごと。

Goldfrapp - Seventh Tree [Artist G-I]

余裕で聞かせるロック。
そうだ、今足りないのは「余裕」だ。
ダンスミュージックとはいえ、
一筋縄ではいかなかったGoldfrapp
進化の行方も堂に入っている。

グラムの痕跡を残しながら、
エレクトロニックのめまいの中にさらに深くもぐりこみ、
Cocteau TwinsやMazzy Starあたりの幻覚の映像美に戯れる。

決して無理をせず、早急にならず、大声も上げない。
けれどもここに鳴るのは、
どんなオルタナティブも、エクスペリメントもかなわない、
歪むことの美しさ。

壮麗な音のカーテンが幾重にも重なり合う上を、
ため息の冷たさと、風の空虚さをたたえたAlisonの声が滑り落ちていく。
圧倒的にクールなのに、じんわりと心に熱がこもってくる。

この表現の味わいはなんだろう。
この余裕はどうして生まれるのだろう。

それはもしかして、
ズレていることに対する無頓着さかもしれない。
時間軸のズレ、
感受性のズレ、
常識感のズレ。
大衆が呼応するリズムとは周期も振幅も異なる。
独自に勝手に振動するGoldfrappと、
私たちとのあいだに生じる位相差。
干渉と相殺をランダムにおこしながら、
不思議な文様を形作っていく。

あえて合わせないGoldfrappのありかたに、
余裕の効果と大切さを感じるのでした。

Gotan Project - La Revancha Del Tango [Artist G-I]

タンゴをクラブ用に。
発想としてはとてもユニークで、
確かにやってみると見事にはまる。
Gotan Projectの活動を、新鮮なクラブサウンド作りと捉えることは、決して間違いではありませんが、どこか物足りない表現でもあります。

歴史ある伝統的な表現様式。
肉体的な躍動感と、恋愛的な熱情が、
洗練されたスタイルの中にきれいに収まっている。
タンゴはあまりに完成されているがゆえに、
崩れないし、発展もしない。

立ち入るすきのないその領域に果敢に飛び込み、何も壊すことなく、新しい意味としてのエレクトロニックビートを埋め込む彼らは、音楽人というより、粋な盗人。わたしたち民衆をわくわくさせてくれる、音楽のロビンフッドなのかもしれません。


Ida - Lovers Prayers [Artist G-I]

例えるならば、大学生になった赤ずきんちゃんの音楽。
おとぎ話のようで、
案外ありえそう。
フォークぽくて、
以外に都会的。

音楽的にはアコースティックでフォーキーなポップスなのですが、言葉で捉えきれない余韻を聞き手にもたらす。この心地よさは、現実と空想の中間くらい。

もうおばあさんも死んでしまって、かつて飲み込まれたオオカミのことがトラウマとして残っている、18才の赤ずきんちゃん。森の中のおばあちゃんの家も取り壊され、なれない都会での大学生活。いまだに動物園にはいけないし、言い寄ってくる男はみんな冗談抜きでオオカミに見えてしまう彼女は、だから彼氏ができない。アパートに帰って、ひとりで聞いているのがIdaのLover's Prayers。

やさしすぎずに、淡々と流れていくスピードと距離感が、ちょうどいい。
昔の傷を癒してくれそうで、
普通ありえないよ、と耳打ちしてくれるような、
親切と残酷。

これは作り話?
これは勝手な空想?
そんな質問をすることも忘れて、彼らの不思議な空間の中を漂っていよう。意識が広がっていく中で、こだわりが薄れていく中で、感じたことのない落ち着きが天から降りてくるのです。


Bobby Hutcherson - Montara [Artist G-I]

楽器って直感的なところがあります。
人間が反射的に、衝動におもむくままにする行動を、うまく利用している。バイブスなんか典型で、ヒトは棒を持つとたたく、というおそらく原始時代から変わらない行動特性をそのまま生かしている。

ダイレクトだから敏感に感性を拾う。

時に旋律を奏で、
時にリズムを刻み、
時に衝撃を解放する。

奏者の息遣いや鼓動がそのまま手を伝って音になる。

イチロー選手は、バットの先端まで神経の意識が行き渡っているそうですが、Bobby Hutchersonも同様のはず。スティックの先端までが身体の一部と化している。まるでシザーハンズ・・

ラテンの陽気と妖気。
Bobbyがたたき出す音は、
軽快にスウィングしながらも、
地面を踏み鳴らすように、
どっしりしている。

ジャブとボディーブローをミックスしたのような。
これぞ「手品」。
個人的にはYuyoでいつもめまいが起きます。


Guarneri Quartet - Beethoven String Quartets [Artist G-I]

ううう
インフルエンザA型

風邪をこじらせた気管支炎
だって・・

どうりで
ヘビーなわけだ

おくれる
おくれる

しかし
たくさいんCDがあるものだ。
この機会に
クラシックをたくさん聞こうと思って。
いっぱいでてくる。
かしこまって聞く
状況じゃないから。

ベートーベンは、
やはりかなり熱がこもっている。
いわゆる「情」。
筆者が抱える熱は、
「病」・・・

ううう
引き続きうなされる

そろそろ出口見えてきたけど。

明日はちゃんと書きます!


Bruce Hornsby And The Range - The Way It Is [Artist G-I]

39度の熱で、ふらふらでだるくて動けない。
さすがにダウン。
せめて音楽だけは清涼的に。
うなされながらも、
ずっとピアノの旋律が流れていた。


Grandaddy - Just Like The Fambly Cat [Artist G-I]

いまはもう解散していないGrandaddyの最後のアルバム。
終わりの悲しさはないし、
バンドの崩壊感もないし、
音楽的な行き詰まりもない。

むしろここから希望が広がっていくような、
明るく、楽しい音が今も滾々と湧き出ている。

音楽は何でできているのか。
ずっと疑問に思っていたバンドが、
いろいろなものを集め、試し、確信していった。

何かのスタイルに従属することではないし、
フォーマットを確立することでもない。
普通の楽器をうまく弾くことではないし、
永遠に残る歌を作ることでもない。

普通に転がっているものの、すぐそばにあるもの。

あえていれば、そういうことかも。

この音、きれいなんだけど、ちょっと濁したい。
このメロディ、素直なんだけど、ちょっと意地悪したい。
この気分、最高なんだけど、ちょっと落としたい。
この音楽、ロックなんだけど、それじゃあいやだ。

本作は、彼らのユニークな視点が編み出した、少しだけずれることで生まれる面白さと、可能性が詰まった宝石箱。それはぜんぜん色あせることなく、いまでも輝いている。

音楽はまだまだ楽しいし、未来がある。

そう確信できたからこそ、潔く店じまいもできたのでしょう。
引き際も実に未来志向のバンド。


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